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就活で脚光「エバーノート」 クラウドに生涯の記憶を

急拡大する経済圏、目立つ日本 自動車メーカーとも交渉

横浜市立大学国際総合科学部3年の濱田優里さん(21)は海外留学を考えていたが、悩んだ揚げ句、12月中旬に就職活動(就活)をスタートした。多少、出遅れたこともあり、企業研究から始めている。昼間はスマホから、夜はパソコンで。クラウドにメモや写真を残せる「Evernote(エバーノート)」は、就活に欠かせない道具となった。濱田さんはエバーノートをこう表現する。

「優れた就活の秘書を持ったような感覚です」――。

エバーノートは米カリフォルニアのベンチャー、エバーノートが提供するクラウド型の情報管理ツール。コンセプトは「すべての記憶を記録する」。パソコンはもちろん、スマホからでも、写真や音声、テキスト、ウェブサイトなどあらゆるデジタル情報を簡単に投稿、保管でき、いつでも検索して引き出すことができる。月内の投稿量が一定の枠内であれば、永遠に無料だ。

アイデアのメモ書きやプロジェクト管理など、仕事に活用するビジネスパーソンも多い。画像に写ったテキスト文字も検索できるため、名刺管理にも使える。が、ここに来て大学生の就活ツールとしても脚光を浴び始めた。

世界で2000万人、ゴールは10億人

あらゆる生活の記録を残すインフラとして、エバーノートは世界で急拡大している。「ゴールは10億人。数年後には達成できると思う」。創業者でもあるフィル・リービンCEO(最高経営責任者)は、ここ最近の成長に自信を深める。11月から12月の1カ月間、世界のエバーノート利用者は400万人も増え2000万人となった。それまでの月間純増数は100万人ほど。主に欧州、アフリカ、オセアニア地域での浸透が進み、一気に2000万人の大台に乗せた。ほんの1年前は500万人規模だった。

日本のユーザー数は約200万人と、全体の1割程度。だが、10年6月に初の海外法人を日本に立ち上げ、頻繁に日本に出張に訪れるなど、リービンCEOはその数字以上に日本市場を重要視している。それは彼が寿司などの日本食を好む日本通だから、というわけではない。

「日本の登録ユーザーは、世界で最もアクティブに使ってくれている。米国と比べると、日本のユーザーは平均2倍のログインがあり、月に1回以上アクセスするアクティブユーザーという指標では日本の割合は世界の25%以上に跳ね上がる」

そう話すリービンCEOは、「自分が使いたくて自分のためにエバーノートを作った」。IT(情報技術)に詳しいビジネスパーソンや技術者といった層が当初のターゲットであり、主にビジネスシーンでの利用を想定していた。もちろん日本でもそういった層から多くの支持を得ている。と同時に、日本では一般の学生など若年層にも浸透し、ユニークな使われ方をしていることに「大きな可能性を感じている」(リービンCEO)。最たる例が、就活だ。

「就活に役立つ優れたアプリ」のグランプリに

17日、大手就活サイトの「マイナビ」がパシフィコ横浜(横浜市)で開催した合同会社説明会に、約3万人の就活生が集結した。見た感じ3分の2以上の学生がスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)をいじっている。就活サイトに加え、フェイスブックとツイッターといったSNS(交流サイト)を通じて情報収集や交換をする「デジタル就活」を、当たり前のようにこなす学生たち。

そこで得た膨大なデジタルの情報を、どう管理しているのか。

友人2人と会場に訪れていた成蹊大学の男子学生は言う。「エバーノートを使ってます。就活サイトやエントリーする企業ごとにIDとパスワードが違うので、それを管理するのにも便利」。マイナビは11月、就活に役立つ優れたスマホ向けアプリの表彰イベント「就活アプリ マイナビアワード」で、エバーノートをグランプリに選んだ。「多くの学生からの推薦があった」からだ。どこかにマニュアルがあるわけでもないが、学生たちは自主的にエバーノートを使いこなしている。

各企業の選考プロセス、就活関連サイトのリンク集、ツイッターで見つけたニュース、友人・知人からもらった情報、就活で気づいたこと……。

就活を始めたばかりの横浜市立大の濱田さんは、パソコンやスマホで収集した気になる企業に関するウェブページや情報を片っ端からエバーノートに投稿している。エントリーシートの内容や、その際に発行されたID、パスワードも忘れないよう、エバーノートの「ノート」にコピーしている。ノートはパソコンでいう「ファイル」にあたり、ノートを入れる「ノートブック」はパソコンの「フォルダ」に相当する。就活を始めてわずか数日、濱田さんの「就活」というノートブックには約50のノートが蓄積された。

これらのノートには投稿する時、「P&G」「ユニリーバ」といった「タグ」をこまめに付けるようにしている。どのノートに何を書いたのか、何が書かれているのか、あとで忘れても簡単に引き出せるようにするためだ。例えば、あるメーカーのエントリーシートを書こうと思ったら、その企業名のタグで検索するとノートが時系列で表示される。「ああ、あの時OB訪問でこんな会話をしたな、と思い出させてくれる手助けになる。だからエバーノートは秘書なんです」

後輩の「エバーノートマスター」に師事

じつは濱田さんは就活以前の大学2年の夏頃からエバーノートを使っていた。きっかけは「キャンパス起業体験実習」という授業の課題。新規ビジネスのテーマを考え、事業計画を立てるというもので、教授からは「ビジネスのネタ帳を作って日頃からメモをしておくように」と指示されていた。たまたまエバーノートを知っていた濱田さんは、思いついたアイデアを夜にパソコンから書きためた。

「使い方がガラっと変わった」のは、大学2年の冬にスマホを買い、同じ大学の後輩、弥冨彬さん(20)が開いた「エバーノート講座」に参加したことだった。弥冨さんはエバーノート好きが講じて、アカウントの作り方といった初歩から応用まで、友人・知人の学生を集めては講座を自主的に開催していた。自称「エバーノートマスター」だ。

そこで濱田さんは「知らなかった機能をたくさん知りました。特にゼミなどのフィールドワークにもってこい。ボイスレコーダーでインタビューして、それを音声ファイルで保存。写真も保存。大量に配られるレジュメもカメラで撮影して保存。コピーが減って紙の節約にもなるし、とってもエコなんです」

そうして次第に「ほぼ毎日」エバーノートにアクセスするようになった濱田さんは、「最近、エバーノートが『食べログ』化してるんです」と笑う。「食」というノートブックには、写真付きでさまざまな料理が並ぶ。ただ食べた店や料理を記入しているだけではない。

「桃とモッツァレラチーズのサラダ。オリーブオイルとレモン、塩・胡椒で味付け、クルミも入っている」。もともと料理が好きな濱田さんは、外食をしてこれはと思った料理に出会うと、使われている食材や想像が付くレシピをエバーノートに投稿するようになった。「あとで自分で作ってみようと思ったり、友達に教えてあげたりするのに、すごく便利」。そう話すように濱田さんの目的は、自分用の備忘録にとどまらない。

エバーノートにはノートブックやノートを他人と共有できる機能がある。濱田さんはこれを活用するつもりだ。「志望が近そうな友達やゼミの友達にもエバーノートを教えてあげて、共有したいと思っています。例えば、友達がエントリーした企業の一覧で自分が知らない企業があったら、『どこがいいの?』と聞ける。OB訪問の結果を共有すれば、より深く志望企業のことを理解できる」

東京大学のワークショップでは必須ツールに

濱田さんのように自主的に使う学生もいれば、組織でエバーノートを活用する教育機関も増えている。東京大学は11年10月からの冬学期、イノベーションを生み出す人材教育を目的とした全学対象のワークショップ「i.school」で、エバーノートを必須ツールとした。「医療とロボット技術」をテーマに新製品やサービスのアイデア創出を目指すと同時に、エバーノートやツイッターなどITツールがイノベーションの手助けになることを実証していくとする。

「日本の若いユーザーは、僕ら製品を作る側のギーク(技術オタク)が予測もしてなかった使い方をしてくれているのが驚き。当初、教育現場での活用は思いもつかなかったが、考えてみれば僕が25年前学生だった時、どんな授業のノートをとっていたか、カフェテリアでどんなメニューを頼んでいたか、いま見ることができたらどれだけ素晴らしいかと思う。いまの学生はそれができる」

日本での学生への広がりに、リービンCEOは相好を崩す。何より「長く使うほど有料会員が増える」というエバーノートにとって、こうした若年層は重要なお金を生む潜在顧客なのだ。

エバーノートは基本無料だが、容量の大きな写真などのファイルを大量に投稿すると制限を超え、翌月まで投稿ができなくなる。その場合、月額5ドル(国内は450円)の「プレミアムユーザー」になれば1カ月に投稿できる容量が大幅に増える。現在、プレミアムユーザー数は約75万人。会員全体の4%以下だが、リービンCEOは年月がたつとともに増えていくと見ている。

記憶への渇望が収益源

「使えば使うほど、プレミアムユーザーになる率は高くなる。生活の記録や記憶をデータとして保存しておくことの価値を、時間がたつほど理解し、より多くの記憶を残そうと思うからだ」。期せずとも濱田さんは取材の終わりにこう釘を刺していた。「使えば使うほど価値が上がるのがエバーノート。自分が就職した後に、後輩に見せてあげることもできる。いまどのくらい便利かを語るよりも、就活が終わってからの方が語れると思います」

実際、無料ユーザーが有料へ移行する比率は使い始めてから33カ月続いたユーザーで12%となり、42カ月では26%まで高まるという。カギは「習慣化」。この12月には、生活に根ざした記録を習慣化してもらおうと、目的に特化した新アプリをiPhone向けに投入した。出会った人の顔写真や出会った時・場所を簡単にエバーノートへ保存できる「Hello」と、同じく食事を記録する「Food」の2つだ。フェイスブックやツイッターなどを通じて、メモした内容を友人や知人に簡単に知らせることもできる。

こうしたアプリを自主開発する一方、エバーノートは外部のアプリや、ネットにつながった製品からでもノートブックへの投稿や閲覧ができるよう、オープンな仕組みとしている。これも狙いは習慣化。日常のあらゆる場面でエバーノートに接してもらうためだ。

エバーノートと連携する外部のアプリや製品の数は12月時点で9000以上。ユーザー基盤と合わせた「エバーノート経済圏」は膨張し続けている。ここで、日本の存在感は以前にも増している。リービンCEOが日本を重要視する、もう1つの理由だ。

ソニー、ブラザー販売、コクヨ、プラス、富士ゼロックス……。11月、国内で開かれたエバーノートの記者説明会に10社ほどの国内企業も参集。自社製品を持ち込み、アピールした。テレビ、プリンター、スマホで撮影するための紙のノート、デジタルペン、コンビニのコピー機。いずれもエバーノートとの連携機能を持ち、エバーノートに簡単にデータを送信したり、エバーノート上のデータを利用したりすることができる。

エバーノート経済圏で最も多いのはスマホで投稿したり、閲覧したりするためのアプリ。エバーノートが提供しているアプリでも可能だが、純正アプリよりも素早くメモや写真を投稿できるような目的特化型のアプリが星の数ほどある。しかし11月の記者説明会に並んだのはこうした単なるアプリではなく、リアルの製品やサービス。生活のあらゆる場面での「接点」を増やしたいエバーノートにとって、今後の重点分野だ。この分野で日本企業は一頭地を抜く。

リアルの製品やサービスとの連携、日本企業に期待

「パートナーはたくさん集まった。いまは多くのパートナーというよりは、最高の経験を与えてくれる、マジックを起こすようなパートナー探しに特化している。もう数は必要ない。日本企業には特に期待している」。そう語るリービンCEOがとりわけ強い期待を込めるのが、「7notes」という日本製のアプリ。アプリではあるが、ほかにはない特徴を持つ新手の手書き文字入力アプリだ。

ワープロソフト「一太郎」や日本語変換システム「ATOK」など、日本語入力の草分けとして有名なジャストシステム。7notesは、その創業者である浮川和宣・初子夫妻がジャストシステムを去り、出直しで起業したMetaMoji(メタモジ、東京・港)が開発した。今年2月のiPad版を皮切りに、iPhone版、アンドロイド版、英語版と続いた7notesは、有料アプリの人気ランキングで常に上位を維持している。その最大の特徴は、手書きで書いた文字を即座にテキスト文字に変換する機能。まとめて手書きでメモを残し、後からテキストに変換することもできる。

12月、メタモジはこの7notesの新版を投入。エバーノート上の任意のノートを上書きで編集できるようにするなど、エバーノートとの連携機能を大幅に強化した。浮川社長は言う。「一番多かったユーザーの要望はエバーノートとの連携。7notesはいつでもどこでも誰でも簡単にテキストデータを作ることができるクリエイティブツール。いつでもどこでも簡単にクラウドに保存でき、参照できるエバーノートとは同じ方向を向いており、補完関係にある」

エバーノートにとっても願ったりかなったりのアプリだ。じつは3年ほど前までエバーノートも手書き文字の認識技術の開発を進めていたのだが、やめてしまった。スマホでもソフトによるキーボード入力が受け入れられ、手書き入力のニーズはそれほどないと判断したためだ。

だがiPadの登場で、リービンCEOは「手書き認識の技術開発をやめたことを後悔した。タブレット端末は手書きとの相性がよいからだ」。そこに7notesが登場。メタモジとパートナーシップを築けたことで、「我々は救われた」とリービンCEOは喜ぶ。「7notesは認識技術もさることながら、操作感が素晴らしい。エバーノートの純正アプリへのバンドルも検討したい」

ドライブの記録をエバーノートに

世界に広がるエバーノートのエコシステム(生態系)。その中でひときわ存在感を見せる日本企業は、エバーノート経済圏において今後も重要な役割を担うだろう。そこに、自動車メーカーが加わる可能性も出てきた。リービンCEOはこう明かす。

「数社の自動車メーカーと話をしている。例えばドライブの記録や立ち寄った場所をエバーノートに保存するなど、エバーノートが自動車とつながったらどれだけ面白いか」。リービンCEOは具体的な社名は伏せたが、交渉を持っている数社に日本企業が含まれている可能性は高い。時期については「まだ明言できないが、15年までには実現させたい」とした。

人の記憶は、寝ている時以外、すべてのシーンで更新される。クラウドに保存された情報が、いつ何時役に立つかも分からない。つまり四六時中、エバーノートにアクセスし得る接点が存在するということだ。今日、投稿したレストランの情報が、20年後にそこを一緒に訪れる息子との会話の「ネタ」になる可能性だってある。それこそがエバーノートのゴールだとリービンCEOは語る。

恒久的な人生のメモリーになる

「恒久的な人生のメモリーになるというのが、我々のゴール。自分で一生使い続け、できれば子どもや孫にもメモリーを共有してもらいたい。祖父が数年前に100歳で亡くなった。もし彼がエバーノートに記録を残していて、70年前に彼が何をしていたのか、誰と会って何を食べたのか、思い出に触れることができたらいいなと思う。目指すは永遠に続く脳のコピーです」

記憶や思い出といった人間の資産を預かるビジネス。本当に「恒久的」に残るのか。100%の保証はできない。しかし、「限りなく100%に近づける努力はしている」とリービンCEOは言う。財務的なリスクを回避するため、今年7月、エバーノートは新たに5000万ドルの資金調達を米有力ベンチャーキャピタルから受けた。調達額は計1億ドル以上。従業員数120人、創業4年目のベンチャーとしては十分な額だ。

エバーノートは業績を開示していないが、プレミアムユーザーからの収益だけで年間3500万ドル規模に達していると見られる。今年半ばには単月黒字を達成し、その後、人材獲得などの投資で赤字となったが、「数カ月内に再度、黒字化できる」(リービンCEO)という。

もう1つの懸念は技術的、物理的にデータが保全されているのかどうかだ。これについても、リービンCEOは「データは8つの場所で保たれており、万全」と胸を張る。「データセンターのサーバーにデータが投稿されると、コピーが5つ作られる。小惑星が衝突したらすべてが失われるので、別の場所にあるデータセンターに7つ目のコピーが置いてある。8つ目は、ユーザーそれぞれのパソコンの中。これらが全部なくなる可能性は非常に低い」

自分の伝記のために

横浜市立大の濱田さんは、いつかエバーノートの記録を元に自分の伝記が出来たら、という夢を抱いている。「伝記なんて、世界的に有名じゃないと残らない。でも、エバーノートから伝記を作ってくれるサービスや編集者が現れるかもしれない。自分の生きた証しをそうやって子どもや友人に残せたら面白いじゃないですか」

同時にエバーノートに対して不安も感じている。「人はいつか死ぬ。死んだらエバーノートのデータはどうなるんだろうと思う」。確かに、ドナー登録のように「このノートブックは家族に公開、これは非公開」などと、データの継承先が事前登録できるような機能があれば、さらに安心だ。ただ、「子どもや孫に残す」と明言しているリービンCEOのことだから、いつか追加するに違いない。

オープンなウェブ上のデータが膨らみ続ける一方で、人の記憶を閉じ込めたエバーノートのデータもまた、肥大化を続けている。クリスマス、大晦日、お正月。この年末年始もたくさんの記憶がエバーノートに積もることだろう。いつか訪れる、その思い出をひもとく日のために。

(電子報道部 井上理)

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