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新「1億ドルの男」ダルビッシュは活躍できるか

スポーツライター 杉浦大介

ポスティング制度を通じてメジャー入りを表明したダルビッシュ有の交渉権を落札したのは、2年連続でアメリカン・リーグを制したレンジャーズだった。米メディアが報道した落札額は、なんとこの制度が始まって以来最高の5170万ドル。事前の予想を上回る高額は評価の高さを物語るが、同時にダルビッシュはいきなり巨大な重圧を背負い込むことにもなる。来季フランチャイズ史上初の世界一を目指す強豪が、日本球界最高の右腕獲得に踏み切った背景には、どんな思惑があったのか。そして無事に契約が成立したとして、ダルビッシュはテキサスの地で活躍することができるのか。

12月14日に入札が締め切られた直後、一時は「ブルージェイズの交渉権獲得が有力」という報道も出回った。しかし、現地時間12月20日に正式発表された"ウィナー"は、やはりかなり以前から有力と目されていたレンジャーズだった。

「日本の恋人」

「うれしいし、興奮している。私たちはダルビッシュを過去数年間調査し、能力と実績に強く印象付けられてきた。レンジャーズ投手陣の強力な一員になってくれると信じている。近い将来に次のステップに入るのを楽しみにしている」

レンジャーズはすぐにそういった声明を発表。落札決定によって得られた30日間の独占交渉期間中に、晴れて"日本の恋人"との入団交渉に臨むことになる。

契約内容は、5~6年間の契約期間で、年俸にして1200万~1500万ドルあたりが目安となることが有力。日本国内のメディア上では「難航も」と危惧する見出しも多かったが、アメリカでは総じて成立に楽観的な見方がされている。

首尾良くレンジャーズとダルビッシュの間の契約がまとまれば、レンジャーズはポスティングと総年俸を合わせて約1億2000万~1億5000万ドルという途方もない金額を費やすことになりそう。その投資先がまだメジャーで1球も投げていない投手だと考えれば、大胆不敵な賭けにも思える。もしも失敗すれば、GMや球団幹部のクビが飛びかねないギャンブルと言って良いのだろう。

ダルビッシュの才能にほれこんだレンジャーズのジョン・ダニエルズGMは、今季中にはわざわざ自ら日本に飛んでスカウティングまでこなして来た。自身の目で視察し、信じるに足る人材と確信したと伝えられている。そしてそれと同時に、これほどの高額投資に踏み切った背景には、エースのポテンシャルを持った投手がどうしても欲しかったレンジャーズのチーム事情もある。

長い低迷を脱したレンジャーズは、過去2年連続でワールドシリーズに進出。特に今季は悲願の世界一に寸前まで迫った。惜しくも最後の最後で優勝を逃したものの、依然として走攻守にバランスの取れたロースターを保っており、来季もアメリカン・リーグの優勝候補筆頭に挙げられることは確実だろう。

真のエース

ただ、そんな強豪チームに、唯一欠けているのがエースピッチャーだった。昨季はシーズン15勝を挙げたCJ・ウィルソンがいわば"暫定エース"の役割を務めたが、プレーオフでは通算0勝3敗、防御率5.79と乱調。

今オフの補強の優先事項は、本来は先発2、3番手が適任と思えるウィルソンよりももう一段上の投手。それゆえに、今オフにFAとなったウィルソンを無理に引き止めず、高レベルと言えない他のFA投手たちにも目をくれなかった。

「ウィルソンはエースレベルの投手ではなかった。ウィルソンやマーク・バーリー(FAとなった今オフにマーリンズと契約)に大金を与えるか、リーグ最高級の投手になるかもしれない男に投資するのではどちらが良いか?レンジャーズ首脳陣にとって答えは簡単だった」。ESPN.comのジャン・ジャック・テイラー氏がそう記述している通り、上昇気流に乗っているうちにどうしても初優勝を飾っておきたい今のレンジャーズは、ハイリスクを冒してでもハイリターンが欲しい立場にある。そこで白羽の矢が立ったのが、日本で過去5年連続防御率1点台の快腕ダルビッシュだったのだ。

もちろん前述通り、その投資額の大きさはハンパではない。ただトレードでエース級を獲ると高額年俸+自前のプロスペクト放出が必要になるのに対し、ポスティングでの選手獲得なら金銭だけで済む。今季の総年俸9180万ドルから給料総額を膨らませる余力のあるレンジャーズにとって、ビジネス面でもメリットの大きい日本のスターへの投資は理にかなったギャンブルに思えたのだろう。

さて、それでは、ついに渡米することになったとして、ダルビッシュはヤンキース、レッドソックスに続くMLBのスーパーパワーの仲間入りを目指すフランチャイズの看板投手の役割を果たすことができるだろうか。

レンジャーズはやりやすいチームではあるのだろう。選手に愛されるロン・ワシントン監督、メジャー有数の辣腕といわれるマイク・マダックス投手コーチに率いられ、陽気な選手が多いクラブハウスは開放的な雰囲気。しかもチームにはすでに上原浩治、建山義紀という2人の先輩日本人投手がいるのも心強い。

「新エースへ」との大きな期待がかけられているのは事実だが、投手陣には昨季13勝以上した先発投手が4人(コルビー・ルイス、デレック・ホランド、マット・ハリソン、アレクシ・オガンド)も残っており、いわゆる"救世主"のような役目が求められているわけではない。そしてレンジャーズはメジャーの中でも比較的球数にこだわらない投手起用で知られており、日本出身の先発投手にとっても快適に感じられるはずだ。

またメジャー3位の855得点を挙げた強力打線は健在で、ダルビッシュもかなりの援護を受けることになりそう。さらに同地区内にア・リーグ内で最低級の貧打線のアスレチックス、マリナーズが属しており、この両チームとの対戦が多くなりそうなこともダルビッシュには歓迎すべき材料と言って良い。

こうして見ていくと、本当に様々な意味で日本のエースにとって力を出しやすい環境は整っているようにも思えてくる。

本拠地は打者有利の球場

ただ、その一方でレンジャーズの本拠地であるレンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントンは、メジャー屈指の打者有利の球場として知られる。

テキサスの空気は乾燥しているため、フライ系の打球はもともと良く伸びる。特にレンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントンのライトスタンドは前方にせり出しているため、左打者から本塁打が飛び出しやすい。

スタジアムごとの有利不利を換算した「Park Factor」のスタッツでも、レンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントンは「得点の入りやすさ」「ホームランの出やすさ」の両方で全米トップ。打者有利な球場の代名詞であり続けてきたコロラドのクアーズフィールドより上なのだから、テキサスがいかに投手に厳しい場所か知れるというものだろう。

襲いくる夏の暑さ

また、夏は異常なほどに暑くなる地域だけに、ダルビッシュも特に1年目は慎重な健康管理が必要となるはずだ。

シーズン後半のダルビッシュは日本で中5日で投げ続け、好成績(中5日で7勝3敗、防御率1.07、中6日で10勝1敗、同1.24)を残した。おかげで中4日が基本のメジャーにも適応可能という見方がされている。しかし、テキサスの強烈な熱波の下で、同じようにやれるかはまったくの未知数である。今季オリオールズでの43試合で防御率1.72だった上原が、テキサス移籍後に同4.00と苦しんだのは暑さの影響を受けた部分も少なからずあったに違いない。

このように不確定要素が多く、有利不利の両面が存在するテキサスのマウンドで、ダルビッシュがいったいどんな結果を出していくか。その注目度の高さは日本のファンからだけではなく、少なくとも最初の1~2カ月間は登板のたびに全米から好奇の視線が注がれることにもなるだろう。

「ダルビッシュは、ウィルソンや他の投手たちが成し遂げられなかったことを担うことになる。それはレンジャーズを"次の段階"に導くこと。残されているのはワールドシリーズの勝利だけだ」

「CBSスポーツ」のスコット・ミラー氏がそう記している通り、プレーオフでの勝利が義務づけられたレンジャーズを来季にでも頂点に導ければ、その名はテキサスの英雄として刻まれることになる。しかしこれだけの大枚を叩かれながら、もし入団当初の期待を裏切ってしまった場合は…。

新たに"1億ドル"の男の冠が被せられることになりそうな日本のエースは、公平に見ても2012年MLBの最大の呼び物となっていきそう。

まだ契約成立するかも分からない段階でのこの騒ぎは、気が早過ぎるようにも思える。ただアメリカ国内でも、それほどにダルビッシュへの関心が高まっていることは紛れもない事実なのである。

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