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少年サッカー、「早熟」「晩稲」の選手への接し方

11月、長野県と長崎県で貴重な体験をさせてもらった。人を介して講演を依頼され、サッカーの話をする機会があったのだが、聴き手はフットボールピープルという共通項がある以外、老若男女、まさにさまざま。懐かしい再会もあり、プロの選手を束ねているだけではなかなか分からない、新鮮な驚きを得られた。

サッカーが村おこしの一助に

長野駅から車で1時間弱。長野県下高井郡木島平村が目指す場所だった。木島平といえばスキー場として有名だが、2003年にオープンした木島平ジュニアサッカー場で、毎年のように開かれるサッカーフェスティバルの舞台としてもジュニア(小学生)のサッカー関係者の間では知られた場所である。

もともとは木島平村とFC東京のホームスタジアム(味スタ)がある調布市が姉妹都市の関係にあることから始まった交流。最初はFC東京からコーチが派遣されてサッカークリニックなどを行っていたが、それに合わせてジュニアチームの合宿も行われるようになり、他のJクラブにも参加の輪が広がっていった。サッカーが村おこしの一助になっている典型例といえよう。

木島平は2010年の国勢調査によると、人口が5千人を欠けるくらいの山間の村。日本全国の村と同様、過疎化は着実に進行していて、選手を集めてクラブを維持していくだけでも大変な苦労があることは容易に想像がつく。

素朴な質問に意表を突かれる

中学校の部活動でサッカー部を作ろうとしても、人材がばらけてしまうことを恐れた既存の運動部に話をつぶされることもあるとか。いわば、サッカー不毛の地。それでもサッカーをやりたい子供たちがいて、その思いを周りの大人たちがくみとって創部されたのが村で唯一のクラブ「みゆき野FC」。今年で創立20周年を迎え、その記念式典のスピーカーとして私が呼ばれたわけである。

聴衆は120人ほど。クラブの子供、その保護者、そしてボランティアで子供たちをサポートし続けてきたコーチングスタッフがいた。最初に子供たちに向けて話をし、その後で子供、保護者、コーチ全員からの質問を受け付けることにした。

通常のコーチ研修に呼ばれると小難しい指導論ばかりに質疑は終始しがちだが、この日は違った。特に親御さんからの質問は素朴な分だけ意表を突かれることが多かった。

親御さんへの答えは決して子供やコーチたちに無関係であるはずもなく、親御さんも子供もコーチも一緒に問題意識を共有できるという点で意義深いものになったと思う。

身体任せのサッカーだと、じきに苦しく

例えば、選手の「早熟・晩稲(おくて)」の問題。早熟の子供を持った親御さんは最初、鼻高々な時期が続く。周りの子たちより体は大きく、足も速いから、何でもできるように見えてしまう。

ただ、そうやって身体任せのサッカーを続けているとじわじわと苦しくなってくる。小さかった周りの子たちの体が大きくになるにつれ、打てば入ったシュートが止められるようになり、ボールをポンと前に蹴(け)っておけば抜けたドリブルが抜けなくなる。

「それに気付き始めたときの早熟の子供たちの焦燥感を親御さんは理解していますか?」

「早くスタートした子はそれだけ"追いつかれる運命""抜かれる運命"というプレッシャーに早めにさらされるのです。早熟の子は自分が見下ろしてきた相手に追いつかれたり、抜かれたときに、サッカーをすることが嫌になるものです。そういうときに『昔はあんなにできた』『なんであの子に抜かれたの』とお子さんをさらに追い詰めていませんか。それは子供をサッカーからますます遠ざけることになります」

晩稲の子供を励ませるか

逆に晩稲の子供はどうか。一生懸命、練習しても大きな子にチャージされて吹き飛ばされてしまう。走ってもすぐに追いつかれてしまう。自分はサッカーに向いてないんじゃないかと思いこむ。

そういうときに「だからこそ技術を磨くことが大事なんだよ。今、技術を磨いていれば、体が大きくなったとき、全部が違ってくるよ」と励ませるかどうか。

「勝利」か「育成」かの問題も

子供の指導に必ずついて回る「勝利」か「育成」かの問題もある。

「勝つことだけが目的になってしまうのは困るけれど、やはりスポーツは勝ちにこだわらないとやる意味はないように思います。勝ちにこだわるから、プレーに責任も生まれるし、勝てばうれしいし、負ければ悔し涙も流れる。勝ちにこだわるから、チームを背負ってプレーする気持ちも育つんじゃないでしょうか」

「ただ、勝ちたいからといってコーチが選手から判断を奪ってはいけない。お前はあそこにボールを蹴っておけ、お前は常にそこにいろ、という形でコーチが試合前も、試合中も指示を出しっぱなしのチームがありますが、これでは勝っても選手に喜びはないでしょうし、楽しくもないでしょう」

「このコーチは選手から判断することを奪っていないでしょうか。そこを親御さんはしっかり見極めてほしい。コーチたちにとって一番のプレッシャーは試合の勝ち負けではなくて、そういう親御さんの厳しい視線のはずですから」

こうやって親御さんに話しかけながら私はコーチにも語りかけていたわけである。

負けたときに何と声をかければいいか?

親御さんからの質問に「負けたときに何と声をかけてやればいいのでしょう」というのもあった。私は「今日は楽しかったの? ということを最初に聞いてあげてください」と答えた。「それに対してきちんと答えが返ってくるような関係を築いておいてください」と。

プレーのことを細かく聞かれ、「それじゃダメよ」とか、「もっとしっかりやりなさい」「なんであなたは出られないの」と責められてばかりいたら、子供はそういう問いに対しても、親の顔色をうかがって答えるようになってしまう。

あるいは「別に」の一言で終わってしまう。スポーツは極めて優れたコミュニケーションのツールだと思っているので、一方通行になってしまっては本当にもったいないと思うのである。

こんな対話を親御さんたちと重ねながら、改めてしみじみと感じたのは、こういうグラスルーツがあってこそ、現在の強い日本サッカーがある、ということだった。

もっと保護者に対するアプローチを

みゆき野FCにしても、何もないところから、どうしてもサッカーをやりたいという子供たちの目の輝きがあってクラブが立ちあげられたわけである。

それが20年続いてきたのは、子供たちを支え続けてきたボランティアの大人がいたからこそ。日本のサッカー界は間違いなくこういう人々に支えられている。そして、そういう人々とJリーグの間にしっかりとしたつながりがあることも素晴らしいと思ったのだった。

私にとってはかなり新鮮な体験だったので、帰り際に木島平村の方々に「また来てください」と言われたとき、心からそうしたいと思った。そして保護者に対するアプローチを日本のサッカー界はもっともっとやってもいいのではないかと思った。サッカーが盛んになる一方で、それだけ悩んでいる親御さんも多いことが実感できたからだ。

子は親の鏡

先ほど述べた「早熟・晩稲」の問題も親御さんが自分の子供を育てながら、そのことに気づくのは子供が大きくなってからというのが普通だろう。

気づいたときにはもう遅いというか。自分の子供が地区の選抜になったりしたら、子供の前に親が勘違いすることもありうるわけで。そうなると子供より親の方が前のめりになって、ちょっとスランプに陥ると親の方が焦ったり……。そういうことに対して、きちんと実体験から話せる人間がいれば、少しは気持ちが楽になれる親御さんはかなりいるのではないだろうか。

コーチや先生より、特にジュニア層では、子供に対して一番ダイレクトに影響力を持つのはやはり親御さんだろう。とすれば、親御さんの意識を変えていくことは、サッカー界にもいい影響をもたらすのではないだろうか。

子は親の鏡ともいう。親が変われば子も変わる。その親御さんたちにアプローチする方法としてスポーツは実に分かりやすいツールだと思う。本田圭佑(CSKAモスクワ)や長友佑都(インテル・ミラノ)は晩稲の象徴のように取り上げられることが多い。かといって誰もが本田や長友になれるわけでもない。サッカー界にはいろんな実例が本当に豊富に転がっている。

試合には必ず先発がいて、サブがいて、サブにもなれない選手がいる。「なんでアナタはサブにもなれないの」「なんでウチの子をサブにも入れないのか」なんてレベルの話に終始するのではなく、「それでもチームのために何ができるのか」を子供に考えさせるようなレベルに親御さんを持っていく。

そうやって親御さんを刺激することは日本(サッカー)の宝である教育のレベルをさらに上げることにつながるのではないだろうか。

小嶺さんの巨体が最前列に

木島平で草の根の根っこの部分に触れて大きな刺激を受けた後、次に長崎県である人物から別種の刺激を受けた。小嶺忠敏・長崎総合科学大学附属高サッカー部総監督である。

長崎県では2014年に国体が開催される。今回私が県のサッカー協会に呼ばれて行ったのは、その強化プログラムの一環として県内のコーチを対象に指導論などを話してほしいと誘われたからだ。木島平と違ってこちらは純粋にサッカーコーチたちの集い。驚いたのはその会場の最前列のど真ん中で小嶺さんのあの巨体が鎮座していたことだった。

小嶺さんとはこんな思い出がある。私がU-17(17歳以下)の日本代表監督をやることになったとき、歴代のU-17監督の下でキャンプを張ることを思い立った。監督経験者からいろんな過去の成功談と失敗談を聞きつつ、強化試合の相手もしてもらおうと考えたのである。

といっても代表チームはまだ立ち上げたばかりで中学3年生が主体。小嶺さん率いる常勝・国見高校(当時)の相手を務めるのは分不相応の感は否めなかった。

国見高だけは一軍チーム

しかし、このときに行った九州遠征で本当に掛け値なしの一軍チームを出して、われわれの相手をしてくれたのは小嶺さんの国見高だけだった。

ほかの高校が一軍を出してこなかったのは「日本代表とはいえ、中学生ごときに一軍は出せない」という上から目線と同時に、「万が一、負けたら格好がつかない」という心配もあったように思う。だから、試合自体は真剣勝負の連続だった。

小嶺さんにはそういう打算とかミエは一切なかった。きちんと私の思いを受け止めてAチームを出してくれた。近頃、何かにつけて「リスペクト」という言葉を耳にするが、あのときの小嶺さんの態度こそ、まさに同じサッカーに真剣に向き合う者に対するリスペクトの念が満ちていたように思う。

小嶺さんは心意気の人である。国見高を率いていたころ、自分でマイクロバスを転がしながら国見から新潟まで24時間かけて試合に出かけた。そういうことをやり続けて国見を6度の全国制覇に導いた。高木琢也、三浦淳宏、大久保嘉人、平山相太ら、数多の日本代表も育てた。

一番嘘を見破られるのが姿勢

偶然、長崎に行く前にテレビ東京の「フットブレイン」というサッカー番組の収録で小嶺さんの教え子の三浦淳宏と同席した。その場でアツ(三浦)から「小嶺賛歌」を聞かされたばかりだったが、その話がまったく大げさではないことが、小嶺さんに会うとすぐに分かるのである。小嶺さんという人間が巨大な情熱の塊でできていることがすぐに分かるのである。

その情熱に惹かれて選手も集まってくる。指導法とか交渉能力とか選手のスカウトとか、頂点に立つ監督にはいろいろと方法論はあると思うけれど、選手目線で考えたとき、一番嘘を見破られるのがアティチュード(姿勢)だと私は肝に銘じている。

恐るべし、小嶺先生

これだけはごまかしようがない。アティチュードは人間と人間が感性で感じるものだから、嘘や不純なものが混じるといっぺんに底が見えてしまう。国見が何度も全国制覇をし、日本代表も輩出したのは、小嶺さんの情熱や姿勢が本物であることが根源にあるからだと思う。それはコーチの同業のはしくれとして、私が信じたい部分でもある。

講演の後、小嶺さんと夕食を御一緒した。「今日はいいことを聞けたよ」とお世辞を交えて私に言い、「数年後はいけると思うんだよね」と言い残して帰られた。

食事の席に残った県の関係者が補足するに「数年後に今、総監督を務める高校で全国制覇をする」という意味らしい。「あれは本気ですよ」。

すべてを手に入れた、66歳がまだ……。恐るべし、小嶺先生。私もうかうかしてはいられない。

(前FC東京監督)

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