イチロー、どうなる契約延長交渉
スポーツライター 丹羽政善
周りに人がいなくなったところでそーっと近づき、マリナーズのジャック・ズレンシックGM(ゼネラルマネジャー)に話しかける。
「イチローとの再契約における交渉のポイント、チーム内での彼の役割の変化、そして交渉の時期は?」
ズレンシックGMのガードは堅く
その前日も、ズレンシックGMがミルウォーキーで行われたGM会議に出席するためにホテル入りしたところで、多くの日本人メディアと一緒に同様の質問をしたが、「コメントできない」と、ガードが堅い。
2人きりなら多少ガードが緩くなると思われたが、やはり、「何も話せない」と苦笑した。
「Always good to try, but I can't」(いつもナイストライだ。でも、コメントできない)
来季が5年契約の最終年
今季の終盤になって、イチローの再契約の話題を見聞きするようになった。
シーズン終了目前の9月24日には、シアトル・タイムズ紙のラリー・ストーン記者が、イチローの代理人であるトニー・アタナシオ氏のコメントを引用しながら、すでに交渉が始まっていることを記事の中でにおわせている。
来季が5年契約の最終年。これまでの例にならえば、来季の開幕前、あるいは来季途中で契約更新が発表されるだろう、との読みがそこに透ける。
ただ、そんな中で共通する見方は、今回の契約の難しさだ。一体、いくらが適正なのか?
ドラスチックに契約を捉えれば、それは、将来に対する投資、期待値ということになる。仮に3年とすれば、3年でどれだけチームに貢献できるか。その予測値が金額に置き換えられる。
今年、ほとんどがキャリア最低だっただけに
貢献の要素は様々だが、勝ち負けを反映させにくいため、一番の目安になるのは直近の成績だが、今年、打撃成績の多くがキャリア最低の数字に終わったこと、10月に38歳の誕生日を迎えたことなどから、イチローには向かい風が吹く。
これまでの実績を考えないとすれば、おそらく、年500万ドルの2~3年契約がメジャーの相場といったところだろうか。
そして、その上にこれまでの貢献をどれだけ上乗せするかということになるのだが、その算出が容易ではない。
昨年のジーターのケースは…
昨年のちょうど今ごろ、デレク・ジーターが、3年総額5100万ドルでヤンキースと再契約を交わした。
当初は、下降気味の成績、36歳という年齢から、チームは3年4500万ドルを提示し、これまでの実績に関しては「これまでの年俸に含めてきた」と認めない方向だった。
ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは「嫌ならば、他の選択肢を考えた方がいい」とまで言っている。
ところが、結局、ヤンキースは600万ドルを上乗せした。その交渉を通じてうかがえたのは、やはり過去の貢献の評価とこのクラスの選手に対する対応の難しさで、それは、今回のイチローのケースとも似ている。
ベテラン選手に「インセンティブ契約」多用
根本的な解決策とはいいがたいが、ベテランのフランチャイズプレーヤーへの対応としては「インセンティブ契約」が多用されている。
基本年俸は低いが、設定された目標をクリアさえすれば、年俸総額としては相場を上回るケースも少なくなく、中には出来高そのものが、基本年俸を上回る場合もある。
インセンティブの要素は多岐に渡り、個人タイトル、観客動員数、打席数、出場試合数、MVPの受賞などと連動するのが一般的で、ここでは、その選手のスタイルに即した項目の設定、あるいはハードルの高さが、交渉の争点となる。
インセンティブは、しばしば契約年数にも利用され、例えばレンジャーズの上原浩治は今季、55試合に登板すれば、来季の契約が保証される契約を結んでおり、それをクリアしたことでレンジャーズ残留が自動的に決まった。
ベテラン選手の契約シビアに
こうした契約に関して、チーム側のリスクはさほどない。対照的に選手のリスクは大きく、仮に故障して戦列を離れれば、インセンティブのほとんどは絵に描いた餅になる。
また、シーズンの行方次第ではインセンティブが発生しないよう、チームが出場に制限をかける可能性もゼロではない。
よって選手は、インセンティブに頼るような契約を避けたいところだが、このところ、たとえ実績のあるベテランでも、そうした選択肢しかないケースが増えており、彼らに対するマーケットは、ますますシビアとなっている。
イチローに話を戻せば、やはり今回は、インセンティブを多く絡めた契約になるのではないか。
ただ、前回触れたように、チーム内での役割が変わってくるとしたら、ベースサラリー、インセンティブの内容も連動して変わる可能性があり、それが、今回の契約をいっそう難しくする。
どんな案を出し合うのか
それを見極めるために、チームもイチローも、来季終了後まで契約交渉を凍結するという選択肢もあるのだが、代理人のアタナシオ氏は、前出のストーン記者の取材に対し、「マリナーズは交渉を始めたいとにおわせている」と話すなどしており、それはなさそうだ。
早ければ来シーズンの開幕前、遅くともシーズン前半には、合意に達するのかもしれない。
ポイントは過去の貢献に対する評価と年数。そこで、チームと代理人が、どうクリエイティブな案を出し合うのか、興味深くもある。