ダルビッシュに全米から熱視線…ヤンキースは動くのか
スポーツライター 杉浦大介
米大リーグはストーブリーグに突入し、11月中旬にはミルウォーキーでGM会議が行われた。各チームが来季への補強に本格着手するとともに、「ダルビッシュ有」の名前を耳にする機会が増えてきている。まだポスティングシステム(入札制度)を通じてのメジャー挑戦を表明していないにもかかわらず、米国の主要メディアが行き先を予測する記事を出すなど、争奪戦は過熱しそうな様相だ。ダルビッシュの決断はあるのか。そして、もしあった場合は、ヤンキースが獲得に乗り出すことはあるのだろうか?
ハル・スタインブレナー氏が前向き発言
ニューズデーやニューヨークポストなどニューヨークの各紙は17日、ダルビッシュの獲得についてヤンキースの共同オーナーであるハル・スタインブレナー氏が「(入札は)個々の選手次第。少なくとも(過去の井川慶の獲得失敗は)私の判断には影響しない」と話したと一斉に報じた。
2006年末にポスティングシステムを利用し、総額4600万ドル(落札額2600万ドル+5年総額2000万ドル)もの大金を投じて井川を獲得しながら、その左腕はほとんど活躍できずに期待を大きく裏切られたヤンキース。そうした苦い経験にもかかわらず、ダルビッシュの獲得に前向きの発言をしたというのだ。
ヤンキース、先発陣はコマ不足
ダルビッシュがポスティングシステムを利用してメジャー挑戦を表明した場合、本来であればヤンキースこそが獲得の本命候補の筆頭に挙げられてしかるべきのようにも思える。様々な意味で、タイミング的に最適なのである。
ジーターやA・ロドリゲスらベテラン勢に年齢的な懸念はあるものの、41本塁打のグランダーソンを中心に今年メジャー最多の222本のチーム本塁打を放った野手陣は現状で十分。一方で、投手陣は先発陣のコマ不足がシーズンを通じて弱点として挙げられ、実際にプレーオフ地区シリーズでタイガースに敗退する一因にもなった。
その整備の一環として、エースのCC・サバシアと再契約に成功。さらなる補強へ候補を絞っている段階だ。ただ、今オフのマーケットには今年レンジャーズで16勝(7敗)を挙げたCJ・ウィルソンくらいしか目玉となる先発投手はおらず、ヤンキースが目標をダルビッシュに絞っても不思議ではない。
■井川獲得失敗の影響は…
ダルビッシュにしても、もしヤンキースに入団した場合は、エースのCC・サバシア、今年16勝のイバン・ノバに次ぐ3番手という比較的プレッシャーが少ない立場でメジャーのキャリアをスタートさせることができるだろうから、適した条件にも思える。
ただ、ハル・スタインブレナー氏が前向きな発言をしたとはいえ、やはりネックとなるのはポスティングを通して獲得した井川の失敗だろう。
補強策の鍵を握るヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは「ポスティングシステムは好きではない。無駄が多過ぎる」とこれまでに何度も言及している。もしも、再びダルビッシュのポスティングに大金をつぎ込んで、またも失敗するようなことがあれば「いったい何を学んだのか」といった辛辣な批判は避けられない。
実際、デーリー・ニューズ紙は「ダルビッシュは今オフの移籍市場で最高の投手の1人ではあるけれども、かつてレッドソックスが松坂大輔に費やしたのに近い金額が必要で、リスクの高い賭けである」と論評している。
「スカウトの眼力を信じている」
こうした声がある中で、ハル・スタインブレナー氏がダルビッシュ獲得にゴーサインを出して、押し切るかどうか。
「スカウトの眼力を信じているし、提示される者(選手)に対し、いくら資金が必要なのかを判断するだけだ」。そんなコメントしたというハル氏は、激情型だった父ジョージ氏らと比べて、どちらかといえば冷静沈着なタイプ。普段は慎重な言葉が多いだけに、今回のこうした発言から、ダルビッシュに少なからぬ関心を抱いていることがうかがえる。
オーナーサイドがゴーサイン?
昨オフに救援投手のラファエル・ソリアーノを獲得したとき、キャッシュマンGMが「この補強策は私の考えではない」などと発言する珍しい光景があった。キャッシュマンGMはセットアッパー役に大金をつぎ込むのを渋ったものの、結局はオーナーサイドがゴーサインを出したのである。
ダルビッシュの入札があった場合、それと同じようなことが繰り返されることになるのかもしれない。もちろんキャッシュマンGMも、ダルビッシュは井川と違って安全な好素材だと認めて高額入札に納得する可能性はある。
逆に、そこまでの価値はないと判断してヤンキースは手を引くか、たとえ入札に参加するにしても、それほどのリスクにならない程度の金額にとどめることもありえる。いずれにしても、ダルビッシュが渡米を決意した場合は、ヤンキースの動向が大きな注目となることは間違いない。
レンジャーズ、ブルージェイズなども候補
ヤンキース以外では、先に挙げたエースのCJ・ウィルソンが他チームに去る可能性が高いレンジャーズ、今オフに使える資金を豊富に持っているブルージェイズがダルビッシュ獲得の本命候補との呼び声が高い。
また新GMのダン・デュケット氏が興味を示しているとされているオリオールズ、ブルージェイズと同じく資金に余裕があるとされるナショナルズ、エンゼルスなども候補。さらにポスティングで獲得した松坂が故障離脱中で、日本人選手獲得には慎重にならざるをえないレッドソックスにしても、ライバルのヤンキースが腰をあげるとなれば、黙っていないかもしれない。
「ある球団幹部は『ダルビッシュはメジャーでも先発2番手が務まる素材』だと評価している。また別の関係者は『1~3番手が任せられる。サイズ、強さ、若さを備えているだけに、メジャーへの適応の難しさも克服できる。今オフのマーケットには他の大物投手がいないことも、(条件面で)彼に有利に働くだろう』と語っている」
松坂に近い金額が必要か
スポーツイラストレイテッド誌のトム・バードゥッチ記者は記事の中でそう記述している。そして落札額については「昨年、アスレチックスが岩隈を落札した1910万ドルと、かつてレッドソックスが松坂を落札した5100万ドルの間くらいで、松坂に近い金額になるのではないか」と予想している。
一般的には、やはり破格の資金を誇るヤンキース、レッドソックスが有利なのだろうが、ポスティングシステムの場合、他球団の思惑を推し量りながらの入札となるので、どこが交渉権を得るかはふたを開けるまでは分からない。そこにこの制度の難しさがあるし、しかも落札したとしても契約の義務はないだけに話はややこしい。
待たれるダルビッシュの結論
昨年はアスレチックスが岩隈を落札しながら、その後の条件面での交渉で決裂して、結局は楽天に残留したのは記憶に新しいところ。考えたくないことだが、もしも同じような事件がダルビッシュを巡って今オフに起こったとしたら……。たとえば獲得の意思はないレッドソックスが、ヤンキースを阻む目的で途方もない金額を提示して落札したら……。
そんなことが現実のものとなれば、日米球界の関係を揺るがしかねない事件に発展するのではとの危惧すら感じる。
様々な意味で、注目されるダルビッシュの争奪戦。まずはダルビッシュ本人の、メジャー行きか、残留かの決断を待ちたい。そして彼が出した答えがメジャー挑戦だったとしたら、その後にメジャーの多くの有力球団が参加する熾烈(しれつ)な駆け引きがスタートしそうである。