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「ゲーム中毒」対策を迫られた韓国ゲーム業界の試練

ゲームジャーナリスト 新 清士

先週、「韓国ゲーム会議(KGC)」に出席するために韓国を訪問した際、現地のゲーム会社の人から質問を受けた。「韓国ではゲームに否定的な意見が強まっていて、ゲームが持つ良い面を強調することが難しい状況にあります。日本では同じようなことが起こっていないのでしょうか?」――。

韓国のゲーム産業は成長を続けるなかで、大きな試練に立たされている。ユーザーがゲームで遊びすぎることで生み出される「ゲーム中毒」の弊害が社会問題に発展し、社会的な風当たりが強くなっているためだ。

特に韓国ゲーム業界が揺れているのは「シャットダウン制」という新しいルールが11月20日から施行されるためだ。これは16歳未満の青少年には午前0時から6時までの6時間、オンラインゲームの利用を禁止するというもの。ゲーム会社はその時間内は、登録情報を元に青少年からのアクセスを強制的に排除する措置を取らなければならない。

このルールの施行が、韓国の成長産業であるゲーム産業の将来に悪影響を与えるのではないかという懸念が広がっている。

オンラインゲームが引き金で死亡事件が発生

シャットダウン制を施行する大きなきっかけとなったのは、昨年韓国で起きたオンラインゲームを引き金とする死亡事件の数々である。

まず2月にインターネットカフェ(PC房)でオンラインゲームに5日間ぶっ通しでのめり込んでいた30代男性が死亡する事件が発生。3月にはPC房に毎日12時間以上も入り浸っていた夫婦が、生後3カ月の娘を餓死させた事件が起きている。12月にもPC房で12時間ゲームを続けていた19歳の大学生男子が突然倒れ、そのまま死亡するという事件が発生した。このニュースはPC房の監視カメラに映像が記録されていたこともあり、全国で大きく報道された。

さらに殺人事件に発展したケースも起き、韓国全土を震撼(しんかん)させた。11月にゲーム中毒に陥った中学生が自分を叱る母親の首を絞めて殺害したあと、罪悪感から自殺したという事件があった。12月には米国留学に失敗して中退していた元学生が、犯行前日に刃物で殺し合うゲームで遊んだ後に、衝動的に台所から包丁を持ち出して路上で見知らぬ人を殺害したという事件まで起きている。

ゲーム中毒になると治療は容易ではなく、心理的な不安や抑うつ、眼球乾燥症、肥満など様々な二次障害を引き起こす。対人恐怖や学力低下などによって、親との関係が悪化して家庭崩壊に至ると指摘する韓国の専門家も少なくない。

社会的にもゲーム中毒の深刻度を示す指標が出ている。各地域の相談センターに持ち込まれている相談件数は、07年に3440人だったものが、08年には4万706人となり09年は4万5476人へと増加している。

青少年で高いインターネット中毒率

これら社会的な背景を踏まえ、女性家族部(韓国の「部」は、日本の「省」にあたる)が中心になってシャットダウン制を含む「青少年保護法改正案」が提出された。

過去には05年と06年に市民団体が中心となって作られた同様の法案が国会で審議されたが、ゲーム産業を所轄する文化観光部がオンラインゲームの運用方法を見直すなどと提案したことで、退けられた経緯がある。しかし今回の改正案は5月に議会を通過し、11月8日に閣議で了承されたために、施行される段階に至ったのだ。同法案に対しては、表現の自由など憲法上の問題を抱えているのではないかという議論もなされているが、決着はついてない。

女性家族部がゲーム中毒に対応しなければならないとする論拠は、行政安全部が昨年発表した調査による。韓国国内のインターネット中毒率が8.5%で中毒者数は191万3000人なのに対して、19歳未満の青少年のインターネット中毒率は12.4%(中毒者数は87万7000人)と成人よりも高い比率で、より危険性が高いと認識されているのだ。政府も12年までに、インターネット中毒率をすべての年代で5%以下にまで引き下げるという目標を掲げ、すべての年代への予防対策を強化するという方針も後押ししている。

13~15歳で23時以降にインターネットを利用する人は、全体の6.4%にすぎないため、この規制が行われても産業に大きな影響はないとする根拠になっている。

韓国国産のRPGが取り締まりの対象

当然のことながら、この法案に対してはゲーム業界を中心に多くの反対意見が出ている。そもそも利用時間を規制した程度で、中毒の防止になるのかという疑問が出ている。

韓国では「住民登録番号」によって、ゲーム会社がユーザー情報を確認する仕組みを使っているが、偽って遊び続けたユーザーには罰則がないため、実効性に疑問が持たれている。他人に番号を盗まれたり、親の番号で遊ばれたりした場合には確認しようがなく、手の打ちようがないのだ。

さらにスマートフォンやタブレットは青少年への普及率が低いため、適用が2年間猶予される。そのため多くの青少年は、それらのハードウエアで遊ぶことになるだけとの批判を受けている。家庭用ゲーム機のソフトでパッケージ販売されるものも、基本的に適用が猶予される。

パソコン用ゲームであっても、韓国で人気のある米アクティビジョンブリザードの「スタークラフト」などパッケージ製品は、基本的に規制の対象にならないという方針も明らかにされている。

つまり韓国のゲーム産業の中核となっている、ユーザーがゲーム会社のサーバーにアクセスして遊ぶパソコン用の大規模オンラインRPG(ロールプレイングゲーム)を中心に対象が定められている。そのため韓国のゲーム関係者は、国内ゲーム産業の今後の発展を阻害すると恐れているのだ。さらに多くのゲーム会社が警戒しているのは、今回のケースをきっかけにして、なし崩し的にゲーム規制の範囲が拡大される可能性にある。

女性家族部は、規制をどのような範囲に適用するかについては評価諮問委員会が調整するとしているものの、今回の法案の「実効性」を確認するためにゲーム業界と共同で協議会を設置するという強い姿勢を打ち出している。

業界出資のカウンセリングセンターの設立

民間の団体も対応策を模索し始めている。ゲーム会社の寄付によって運営されている「ゲーム文化財団」は6月にシンポジウムを開き、ゲーム中毒問題を議論している。

大邱カトリック大学病院精神科のチェ・テヨウン教授は、「インターネット中毒とゲーム中毒を同一視する誤りを犯している」と述べ、「科学的な診断基準が確立されていない」とこの問題が社会的な現象なのか病気なのかを区別することが難しいと指摘している。

チェ氏は過度のコンピューターの使用は「中毒ではなく、強迫観念」とするべきだと考えているようだ。酒やたばこのように禁断症状があるのは事実だが物質依存ではなく、活動依存ではあるものの中毒とはっきり言うことはできないとしている。「ゲームへの没頭は、社会、環境、ゲーム自体、家庭環境、心理的要因など様々な原因がある可能性があり、特に家族の問題に起因する可能性が高い」(チェ氏)として、正確な治療ガイドラインの構築や、中毒防止のための戦略を提案していく必要性を述べている。

これらの議論を踏まえつつ、ゲーム文化財団は「ゲーム没頭カウンセリングセンター」を韓国中央大学病院に設立し、これまで相談レベルで対応していた問題を専門的な治療レベルへと拡大し始めている。今月にはさらに2カ所に同様のセンターを開設することを発表し、全国に展開しながら治療プログラムを充実させる取り組みを進めている。

ゲーム会社各社は、ゲームそのものがゲーム中毒問題を広げているとの立場は取っていないが、社会的な問題を受けて財団を通じた解決策の模索に協力する姿勢を見せている。

日本にも水面下で浸透している可能性

日本では幸いなことに、現時点に至るまで、オンラインゲームの中毒により死亡事件が起きたと認定されたケースはない。そのために大きな社会問題にまで広がっていないが、「引きこもり」とインターネット・ゲーム中毒(ネトゲ中毒)の現象に何らかの関係があるのではないかという議論が継続的に続けられている。

2月に和歌山大学で行われたシンポジウム「ひきこもりとネット依存」の開催概要の中で、和歌山大学保健管理センター所長の宮西照夫教授は「インターネット依存が社会的ひきこもりの一因であるのか、あるいは結果なのかといった議論はともかく、日本における若者のインターネット依存傾向は確実に強くなっている。(略)特に、ネトゲ中毒は社会問題化しており、その対策の確立が急がれている」と述べている。

韓国で起きている問題は、日本でも水面下で浸透している可能性がある。何かの事件をきっかけに、大きな社会問題に発展しても不思議ではないことを意識しておく必要がある。

新清士(しん・きよし)
 1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表、立命館大学映像学部非常勤講師、日本デジタルゲーム学会(digrajapan)理事なども務める。

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