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勢いづく「ジャパニーズ文具」

斜陽を跳ね返す"プチハッピー" 異業種の人材も参入

10月中旬の夜、比較的若い30人ほどの男女が東京・銀座の美術サロンにそぞろ集まった。針なしのホチキスに、消せるボールペン。昨今のヒット商品から大正時代のホチキス、ドイツ製のハサミまで、スライドに次から次へと文具が映し出され、壇上でマイクを握る「文具王」がうんちくを添える。「LOVE文房具!」と題されたトークイベントだ。

文具王こと高畑正幸氏(37)はテレビ東京の番組「TVチャンピオン」の全国文房具通選手権に出場し、3連続で優勝した経歴の持ち主。本職は大手文具メーカー、サンスター文具のマーケティング部だが、今年に入って文具王としての活動が増えたという。週末を利用したイベントなどでの講演は10月だけで5回。合間をぬってテレビやラジオ、雑誌などの取材にも対応する。

イベントに参加した1人、文具好きだという女性(29)はこう話した。「仕事の鬱憤を文具で晴らしているんです。ちょっとの支出で楽しい気分になれるし、同僚とのコミュニケーションのきっかけにもなる」

「斜陽」といわれていた文具がいま、なぜか活気づいている。一部の好事家だけの現象かと思いきやさにあらず。文具をとりまく話題は尽きることがない。文具業界に何が起きているのか。

大型出店に文具あり

この10月、矢野経済研究所は「文具・事務用品市場に関する調査結果」を発表し、2010年度の国内文具・事務用品の市場規模を前年度比1.5%減の4805億円と推計した。「本格的な景気回復には程遠い中で、法人は文房具・事務用品などの経費削減を続けている」としており、不況のあおりを受けた右肩下がりのトレンドは変わっていない。

景気低迷や少子化に加え、ITの普及も逆風だ。オフィスではペーパレス化が進み、メモやスケジュール管理は携帯電話やスマートフォン(高機能携帯電話)で事足りるようになった。ますますアナログの文具は行き場を失ったかに見える。しかし……。

小売りの現場に目を向けると、文具の存在感は増すばかりだ。今年8月末にオープンしたレンタルチェーン「TSUTAYA」グループの「蔦屋書店前橋みなみモール店」。平均的な店舗の約3倍とTSUTAYA最大の広大な売り場で、文具・雑貨は3分の1以上の1000平方メートル以上も占める。運営するのはフランチャイズ最大の加盟社、トップカルチャーだ。

TSUTAYAの本部、カルチュア・コンビニエンス・クラブは出版市場やレンタル需要が国内全体として落ち込むなか、文具を書籍、CD・DVDに並ぶ柱に据える方針。既存店舗でも、文具売り場を順次、増床していくとしている。そのために今年7月、文具販売のノウハウを持つトップカルチャーと共同で、文具売り場の提案やオリジナル商品の開発を手がける新会社を設立した。

新店ラッシュに沸く東京・有楽町でも文具は勢力を増している。9月にオープンした大型雑貨店「有楽町ロフト」は文具売り場を目玉とし、約2万5000点をそろえた。10月、「有楽町阪急」の全面改装で誕生した「阪急メンズトーキョー」の地下には、老舗文具店の伊東屋とユナイテッドアローズが共同で、新手のセレクトショップ「イトーヤ ウィズ ユナイテッドアローズ」を初出店した。手袋やベルトなどの小物も並ぶが、中心は文具。伊東屋が約6割の商品を用意した。

相次ぐ「文具本」の出版ラッシュ

一方、10月28日、旧西武有楽町店跡にオープンする「有楽町ルミネ」にも文具を中心としたセレクトショップ「エディト・トロワ・シス・サンク」が登場する。出店するのはデザイン文具のメーカーで直営店も展開するマークス(東京・世田谷)。「365日をステキに演出する」というコンセプトの新業態店で、自社製文具に加え、小物・雑貨や海外製のレターセットなども取りそろえる。有楽町ルミネで唯一の文具扱い店として、注目を集めそうだ。

こうした小売り業界の動きに同調するかのように、メディア各社も文具にわき立っている。

「文房具ぴあ(ぴあ)」「文房具完全ガイド(晋遊舎)」「ステキ文具(ベストセラーズ)」「愛しの文房具(エイ出版社)」「かわいい文房具(三才ブックス)」「大人の文房具(晋遊舎)」「大人かわいい女子文具(学研)」「すごい文房具リターンズ(ベストセラーズ)」……。今春以降、一冊まるごと文具を特集したムック本の出版ラッシュが続いた。

呼応するように各種雑誌も文具特集を組み、直近ではテレビ朝日の「スマステーション(10月22日放送)」が独自ランキングとともに約1時間にわたって文具を取り上げるなど、テレビでの露出も増えた。「文具ブーム」といってよいほどの盛り上がり。こうした追い風を受け、文具業界も活況を呈している。ただし、そこには古びた業界のイメージはない。

業界向け商談会に「新顔」続々

10月下旬、東京・浅草。浅草寺の脇に位置する展示会場は、朝から小売り関係者でごった返していた。お目当ては年末から来春にかけて発売される文具の新商品。文具卸のエムディーエス(MDS、東京・墨田)が開催したバイヤー向けの商談会である。MDSの鷲見孝社長(57)は、朝イチの会場を見渡しながら、こう満足げに話した。

「ちょっと、いらっしゃるお客さまが多くてびっくりしてるんですけどね。昨年、ここに立った時はおじさんばっかりだったんですよ。暗いなーというイメージがあったんですが、見ての通り、どんどん若い女性スタッフが買い付けにきてくださっている」

今回の商談会では、コクヨや三菱鉛筆など大手文具メーカーから中小のメーカーまで、秋開催としては過去最高となる120社以上が冬春向けの商品を展示した。来場者数も過去最高となる600人以上。若い女性とともに、おしゃれなファッションに身を包んだ男性の姿も目に付いた。

あくまで業者向けの展示会だが、大型の文具・雑貨売り場のような華やかな雰囲気。「小規模なメーカーでもモノがよければ目立つように配置している。大手だからといってブースが大きいわけではない」。そう鷲見社長が話すように、展示会の主役を務めていたのはカラフルな手帳やノート、おしゃれなペンといった、デザインが優れた文具やかわいらしい文具。オフィスの備品棚にあるような文具ではない。

いわゆる「デザイン文具」「パーソナル文具」と呼ばれるたぐいの商品。これが文具活況をけん引する正体である。

「売り場でも20代、30代の女性を中心にカジュアルステーショナリーの動きがいいですね。特にカラフルだったり、変わったモノの方が、スタンダードな商品よりも問い合わせが多い」。来場した1人、伊東屋の銀座本店6階のアシスタント・マネジャーで、バイヤーも兼務する貴舩朋子氏(36)はそう話す。商談会では寄せ書き用にデザインされた「色紙」に注目していた。

来場者は文具店だけではない。JR東日本傘下の「アトレ秋葉原」内にあるセレクトショップ「デフリシュール」でショップマスターを務める篠原健司氏(33)もその1人だ。デフリシュールは、アトレが直営として昨年11月に初めて出店した男性向けのセレクトショップ。「働くビジネスマンの男の道具」をコンセプトにシャツ、カバン、靴に加え、文具も扱う。

「ただ商品を並べればいいってものではない。そのメーカーさんが一番こだわりをもって押し出したい部分を提案させてもらうと、お客さんも反応してくれる」。そう話す篠原氏がまずチェックしたのが、コクヨによるビジネスマン向けデザイン文具のブランド「トライストラムス」のコーナー。ファッションアイテムとしての文具に視線を注いでいた。

12期連続の増収増益を誇る文具卸

「身の回りの必需品だった文具だけど、ファッショナブルでかっこいい方が気持ちいいよねと個人が感じる時代になってきた。やっぱりファッション業界のトレンドを追ってるなという気がします。いままでオヤジが昔の経験と勘で牛耳っていた業界も、ついに現場の売り場をわかっている人たちが動かす業界になってきた。だからますますセンスがよくなってきている」

MDSの鷲見社長は、今秋の展示会を経て、その思いを強くしたという。もともとMDSは、99年に中規模の文具卸3社が合併して発足したときから、デザイン文具に特化した品揃えや売り場提案に注力してきた。甲斐あって、鷲見社長いわく「つぶれそうな3社が集まった」というMDSの業績は、設立以来12期連続の増収増益を記録している。

11年6月期の売上高は、3月の大震災の影響があったにもかかわらず、昨年比10%増となる約89億円。今夏以降、直営のネットショップの売上高が前月比で6~7割増の勢いで急激に跳ね上がっているなど、今期も好調を維持している。

マクロでは市場縮小が続く斜陽産業のなかで力強く成長しているデザイン文具。その市場は、異業種から人を惹きつける磁力をも備えつつある。

7月に開催された「国際文具・紙製品展(ISOT)2011」やMDSの商談会でひときわ目立ち、数多くの雑誌でも紹介された「クロコラボ」というブランドがある。表はまるで本物のワニ皮のような質感だが、素材は型押しした厚紙という手帳やバインダーが売りだ。

高級ブランド、百貨店からの転身

ISOTを機に問い合わせが相次ぎ、東京・日本橋の三越本店や、松屋銀座、全国の東急ハンズ全店などで11月から順次、販売されることが決まった。このクロコラボを手がけるのはアンドカンパニーというたった2人の小さな会社。社長は出版業界出身という変わり種だ。

大澤慶久社長(37)は、 男性向けファッション誌「LEON」の元編集長、岸田一郎氏が創刊した富裕層男性向け雑誌「zino(08年に休刊)」の編集者などを経て、07年に独立。編集業務の手伝いなどをしていたが今年7月、文具市場への本格参入を決めた。大澤社長は理由をこう語る。

「文具がどんどんおしゃれになってきているなと思っていたけれど、女子向けやナチュラルテイストが多かった。まだ『穴場』があるな、まだ成長を見込める市場だなと思ったのがきっかけ。カタログ作りしかり、商品のデザインしかり、ファッション誌での経験も役に立つ」

ファッションのノウハウを文具に生かす。じつはMDSの鷲見社長は、高級ブランドの「フェラガモ」や「エルメス」の出身。まさにファッション業界の中心からの異業種参入組だ。

鷲見社長は三菱商事のリテール部門などを経て海外ブランドに転じ、エルメスジャポンでは専務までのぼった。「ファッション、ブランド業界を極めた感があった」という鷲見社長は、青山学院大学大学院でMBA(経営学修士)をとったのち、10年にMDSの社長に就いた。

「大学院で人生を見つめ直し、今度は日本の会社で日本のためにいいことをしたいなと思ったんです。外資じゃなくて日本企業。MDSの親会社とたまたまご縁があって、昔から筆記具などが大好きだったこともあり、お話を受けさせていただいた」

ヒットを飛ばす「MIDORI」

MDSの親会社とは、デザイン文具の人気ブランド「MIDORI」などが主力の老舗文具メーカー、デザインフィル(東京・渋谷)。ここでも、異業種から転じて活躍している人がいる。クリエイティブセンターの統括ディレクターを務める豊田栄一取締役(46)だ。

豊田取締役は大手百貨店、高島屋の出身。07年にデザインフィルに転職した。「まさにエルメスの世界。MD本部で高級品に囲まれてキラキラしていた」と話すようにあまり文具に関心はなかったが、「あるとき文具売り場に行って、こんなに楽しいモノがいっぱいあるんだと気づき、わくわくして交ぜてもらった」

幸い予感はあたった。豊田取締役が入社してからのデザインフィルは数々のヒットを飛ばしている。08年以降、累計で340万個以上を売った動物型クリップ「D-CLIPS」や、キャラクターなどをデザインしたシールをはじめとする「女子向け」の文具のほか、牛のなめし皮のカバーにフリースタイルのノートを補充していく縦長の手帳「トラベラーズノート」も根強い人気を誇る。

ハンドメードで大量生産できないトラベラーズノートは「新製品を出せばあっという間になくなる。生産がまったく追いついていない」(豊田取締役)という状況。この10月下旬には、東京・中目黒にファンが集えるようなアンテナショップをオープンした。業績も好調で、11年6月期の売上高は前年比5%増の約43億7000万円。成長の過程をともに歩んだ豊田取締役は、こう話す。

「文具業界は、『びんぼーぐ業界』といわれていたくらい、小さくて、高収入ではない業界。そこに、本来なら大企業でデザインをやるような人間が集まり始めている」

文具は会社から消え、個人消費の対象となった。小売りや流通各社は低迷を打破する武器として着目するようになり、文具業界はデザイン性を高めて商品力を増した。結果、いまの活況を生んだ。だが、それだけではない。業界の変質に、消費者の「価値観の変質」という追い風も重なった。そう指摘する関係者は多い。

冒頭のイベントで自身の文具コレクションの一部を披瀝(ひれき)した文具王の高畑氏は、文具ブームの背景をこう分析する。

「ムリをして買うんじゃないところに幸せがある」

「景気のいいころは、車や時計といった高額商品を購入される方も多かったけれど、今はこの景気です。そんななか、文具であれば手の届く価格で、高品質だったり満足感の高いモノを手にすることができる。自分にあったモノを選んだり使いこなすことで、個性を表現することもできる。そんなところが注目されている理由だと思います」

この意見に、デザインフィルの豊田取締役も同調する。

「リーマンショックのあと、会社も個人もダウンサイズを求められた。閉塞感に覆われるなか、どこかで幸せを感じたいと思う消費者が、文具を『プチハッピー』の道具として評価してくれたんだと思います。高級ブランドを見栄張って、背伸びして買うというのは、冷静に考えれば文化度が低い。欧州なら、普通の人は買わないですよ。ムリをして買うんじゃないところに幸せがある。日本人も文化レベルが成熟し、民度が進化しているということだと思います」

ただ、スマートフォンなどの普及で、人はアナログの文具から離れているのではないかという疑問もわく。だが、この10月、季刊誌「ケトル」で文具特集を組んだ嶋浩一郎編集長は、こう話す。

「最近、デジタルで広告を作っている人とかキャンペーンを手がけている人とか、そういう方たちと話をすると、『身体感覚が大事』みたいなことをすごく言っている。デジタルが進むほどアナログのよさが見直されるというか、両方いいねっていうことなのではないでしょうか」

不況がもたらした活況。デジタルがもたらした回帰。個を表現する「ささやか」なアイテムとして勢力を拡大するパーソナル文具の波は、海の向こうにも飛び火しつつある。

逆境を追い風に、海外展開も

有楽町ルミネに新業態店を出店するマークスは、07年から海外への販路拡大にも積極的に取り組んでいる。いまや同社製文具の扱いは欧州を中心に世界54カ国、8500店舗以上。主力のダイヤリーを中心に売り上げを伸ばしており、パリに構えた海外支社の売上高は11年3月期で前年比80%増と好調だ。

今年9月には、2箇所目となる海外支社を香港に立ち上げ、アジア各地域への物流強化と販路拡大にも乗り出した。「現地では海外初となる直営店の展開も視野に入れており、計画している段階」(広報)という。

直営店では、MDSが一歩先んじた。今年7月、海外1号店を香港でオープンさせたばかりだ。トラベラーズノートなど親会社であるデザインフィルの文具も並ぶが、それは全体の15%ほど。オールジャパンで調達し、デザインに優れた文具に加え、一部雑貨も置いている。1日平均1300人を超える来客があるなど好調な滑り出しに、鷲見社長は自信を深める。

「ジャパンプロダクトが世界で地位を落としているなかで、日本の文具は、唯一といっていいほど地位向上の可能性が見えてきた。単価が安すぎて、規模が小さいから誰もさわってこなかったけれど、まとめて戦えば必ずビジネスになる」

海外展開に大きな可能性を感じている鷲見社長は、こうも付け加えた。「エルメスのオーナーは『日本の文具はデザインも品質も価格もすばらしい』と絶賛し、来日すると必ず銀座の伊東屋にたち寄った。幹部たちは、みんなパイロットの万年筆を愛用していた。日本の文具は、もっと世界に誇るべきだと思います」

あらゆる逆境を追い風に前進する「ジャパニーズ文具」。地味だがなんとも頼もしい存在だ。

(電子報道部 井上理)

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