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角界の伝統、どう次代に…定年の伊勢ノ海親方に聞く

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2011/9/27 7:00
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「体重がほしいと思って一生懸命食べて108キロになった。でも動けなかった。自分の相撲がとれるのは104キロぐらいまででしたね。現在、幕内最軽量は98キロの隆の山ですが、あっちは上背があるから(藤ノ川は178センチ、隆の山は187センチ)。いまみたいに平均してみんな大きな力士はいなかったですけど、それにしても体重差がかなりあって、当たってもボーンと跳ね返される相撲が多かった」

――師匠からはどういう指導を。

「細かい指導は受けていません。『頭を真っすぐに向けてぶつかれ』とは言われました。右の耳がわいている(耳がこすれて変形すること)のを見ればわかるように、私は典型的な右四つ、右差し。ちょうど三役に上がったりして、もう一つ上を目指すために真っすぐ当たって立ち合いの威力が増すようにと。私もそう思ったんです」

「ところが稽古場で頸椎(けいつい)を痛めてしまい、自信があった握力が神経の圧迫で全くだめになってしまい、しびれるようになった。それが命取りでしたね。あとは動き回るだけでしたが、つかまってつぶされたら、今度は足をケガしてしまった。それで両手両足がもがれて、土俵生命が断たれたというわけです」

――相撲を取りながら高校に通って卒業した稀有(けう)な力士でもあった。

「それは親の気持ちで。末っ子の私の将来を考えて高校ぐらい出させてあげたい、そういうことを先代に入門の条件として伝えていたのです。私はまったく知らなかった。師匠が高校(拓大一高)の試験を受けてこい、高校に行けと……半ば命令でした。あとでお袋との約束だったということがわかった」

「兄が拓大で柔道をやり、私の入門時に警視庁に入り、よく部屋に遊びに来ていた。兄いわく、『おまえは体形からみても大きくならないから相撲は無理だよ』。幕下のケツにいたころ、高校を卒業したら、拓大に入れてやるといわれた。相撲が嫌いというわけじゃない。勉強は決して好きな方じゃないけれど、将来を考えたら気持ちがぐらりと大学進学に傾いた」

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