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なでしこ、世界が称賛したポゼッションサッカーの秘密
サッカージャーナリスト 大住良之

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2011/7/21 7:00
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08年2月、就任して初の大会である東アジア選手権(中国)を戦うにあたって、佐々木監督はそれまでサブのMFだった20歳の阪口をレギュラーに抜てきした。

■当初は加藤に遠く及ばなかったが…

それまで、日本のボランチは加藤與惠(旧姓酒井、当時日テレ所属)が不動の存在として君臨していた。1997年から11年間にわたって日本代表としてプレーし、国際Aマッチ114試合(歴代3位)。何よりも非常に冷静でクレバーな選手だった。

パスを受け、さばくことで、なでしこジャパンのリズムをつくる選手だった。だが惜しむらくは体が小さく(158センチ)、非力だった。

08年2月の東アジア選手権初戦の北朝鮮戦、佐々木監督はこの加藤を外し、阪口を先発で使った。体が大きい(165センチ)だけでなく、技術的にも問題はなかったが、ゲームメークの点では加藤に遠く及ばなかった。勝ったものの、課題は大きかった。

続く韓国戦には、加藤が先発。見事なパスさばきで攻撃の起点となり、ボールを集めては前線に供給し、2-0の勝利の立役者となった。

■北京オリンピックの成功を担う

この時点では加藤から学ぶものが多かった阪口。その後、急速に成長したことが、その年の8月の北京オリンピックでのベスト4に結びついた。

阪口は翌09年にアメリカのプロリーグに移籍、さらなる飛躍を狙った。しかし、トレーニング中に左足の前十字じん帯を断裂して長期の離脱を余儀なくされ、アメリカでは大きな活躍はできなかった。

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