顧客の喜びが人を動かす

2018/7/5 10:00
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「やってみなはれ」。サントリー(現サントリーホールディングス)2代目社長の佐治敬三氏がビール事業への挑戦を打ち明けた際、創業者で父の鳥井信治郎氏が伝えた言葉だ。この精神のもと、同社は挑戦を続けてきた。だが創業から110年以上を経て「官僚化」も進んでいる。創業家以外で初の経営トップに就いた新浪剛史社長は「リーダーの最大の仕事は人材育成」と語る。人づくりにも新風を吹き込む。

――サントリーの官僚化に危機感を抱いた佐治信忠会長は、米蒸留酒大手ビーム(現ビームサントリー)買収により、組織に揺さぶりを掛けました。

「大きな流れを読み、大きな決断ができる力がありますよね。やり遂げられると信じている。やり遂げないと会社が無くなってしまうとの危機感を持っているのです。歴史を振り返るとサントリーの創業家は夢を実現してきました。まず、鳥井信治郎氏はウイスキーを手掛けた。佐治敬三氏は寡占化していたビール市場にあえて飛び込んだ。(その後の世代に引き継がれ)ビール事業は46年目にして初の黒字化を果たしました。佐治信忠氏は世界のサントリーとなるためビームの買収に踏み切ったのです」

「いずれも私が米ハーバード大学の経営学修士号(MBA)で学んだ理論の枠組みを超えるものでした。MBAの理論ではヒト、モノ、カネといった全ての経営資源があるか、無ければ経営資源を補える協業先があるか、確認を重ねた上でやると決めるものです。サントリーはそれが無くても、創業家が覚悟を持ってやり遂げるものなのです」

「外から来た私は、その精神に触れて何とも言えぬすごみを感じました。社員は空気のように感じているのだと思います。会社が100年、200年と続くと新たな買収など色々なことがあるでしょう。そんな時、会社の共通項が無ければ混沌としてしまう。だが当社には創業精神がある。社員にはその精神を改めて確認してもらうよう、2015年に『サントリー大学』と呼ぶ人材育成プログラムを立ち上げました」

――具体的にどんな学びがあるのでしょうか。

「サントリー大学」でリーダーシップについて講義する新浪氏(2016年、東京・お台場の同社施設)

「サントリー大学」でリーダーシップについて講義する新浪氏(2016年、東京・お台場の同社施設)

「2点あります。一つは創業精神を再認識すること。佐治信忠会長や、ウイスキーづくりの総責任者である『マスターブレンダー』を務める鳥井信吾副会長、鳥井信宏副社長といった創業家が講師を務めます。信治郎氏の創業精神を伝えるのは(ひ孫の)信宏副社長です。私は120年前に南極で優れたリーダーシップを発揮したイギリスの探検家アーネスト・シャクルトンを題材に、リーダーとは何かを教えています」

「創業家の話を直接、聴くという機会は希少です。創業精神を体感できる。海外から参加する社員は、学んだ内容を帰国後、同僚に伝える『伝道師』としての役目を果たしてもらう」

「もう一つは多様性を感じてもらうことです。遠くは南アフリカやメキシコなど色々な国・地域から日本に集まります。施設に缶詰めになってグループ討議をすると、わがままな人もいれば調和する人もいる。人の個性もあるかもしれないが、文化などのバックグラウンドがあらわになります」

「あらゆる考え方があるから、違うものの見方も正しいとみなさざるを得ない。最後は打ち解け、多様性って面白いと気づくことになります。世界の多様性を生かすことで、違う発想が生まれる。世界で『やってみなはれ』を実践する源泉となります」

――人を育てることを学んだのはいつですか。

「三菱商事時代の1995年、フランスの会社と立ち上げた病院給食会社の経営者になった頃でしょう。顧客に喜んでもらうことが人をどれほど動かすのかを初めて知りました」

「従業員は日々の業務に追われ、学ぶ環境になかった。ただ、接客の在り方を繰り返し考えてもらうようにすると、話すのが苦手な従業員が意見を述べるようになったのです。自信を深め、おいしい食事を作ってくれるようにもなった。顧客の喜ぶ顔をみると働く意欲がより高まります。従業員の満足があって顧客が満足する。顧客の満足があって従業員が満足する。結局、それを支えているのは人間性。人間性を磨くことが全てに通じると思います」

――ローソンの社長時代には「ローソン大学」を立ち上げたそうですね。

「『私たちは"みんなと暮らすマチ"を幸せにします』という企業理念を従業員に徹底したが、解釈をそれぞれ考えさせました。考えて動ける人材が育たなければだめなんです。東日本大震災の際には自分たちで考える力が役立った」

「私は三菱商事にいた頃に人づくりの重要性を学んだのだと思います。三菱商事があれだけ繁栄しているのは、人材を育ててきたからでしょう。人材こそが会社の命なのです。人材育成がリーダーの最大の仕事であると考えており、サントリー大学でも自ら教壇に立っているのです」

――後継者の育成は進んでいるのでしょうか。

「重要なのは、ものの考え方が同じであるということです。他社では経営トップが後継者とビジョンや経営哲学を共有するため、仕事を相当一緒にやらなければならない。その点、当社は創業精神を皆が共有しています。信宏副社長は創業家の血を引いており、(ビジョンなどの)根っこを一緒にする作業は必要ありません。あとは(経営のバトンを引き継ぐに足る)成果をどれだけ上げられるかにかかっているでしょう」

――信宏さんの「やってみなはれ」は何ですか。

「国内のビール事業会社を含めた酒類事業を束ねる会社の社長なので、やはりビールを年間シェアでどれだけ伸ばせるかに期待がかかる。とはいえ、少子高齢化社会のなかでどれだけ飲んでもらえるか。ビール系飲料市場は13年連続で減っており、かなり厳しい。ありとあらゆる発想で挑戦することが求められます」

――ビール系飲料ではまず国内シェア20%を目指していますが、これが信宏さんに課せられたハードルということですか。

「経営トップのバトン継承には具体的な数値目標を課しているわけではありません。皆の心を一つにまとめることが重要なのです。そうした試練は相当くぐり抜けているのではないでしょうか」

(聞き手は新沼大)

ジムでハードに鍛錬 ストレス発散法は、ジムに通って体を鍛えることだ。ローソンの社長に就いた当初は商品開発の試食が響き、体重が20キログラム増えたという。これではまずいと体を鍛え始めた。体重は元に戻したが、通わないとだめになってしまうとの恐怖心から続けている。自分をストイックに追い込むが、「苦しんだ後に来る爽快感が何物にも代えがたい」。トレーナーを付け、毎回2時間は汗をかく。トレーナーからハードな鍛えぶりを褒められると、思わずうれしくなるという。

[日本経済新聞夕刊2018年4月5日付]

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