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日本に学べ…中国サッカーに「昇龍」の予感

今年の2月と5月、サッカーの指導者として、とても有意義な体験をさせてもらった。アジアサッカー連盟(AFC)公認のA級インストラクターとして訪中し、中国サッカー協会(CFA)主催のA級ライセンス講習会の講師を務めさせてもらったのだ。

小野氏に強く誘われて

政治・経済の分野では自他ともに認めるスーパーパワーになった中国だが、サッカーの世界ではたっぷりと日本の後塵(こうじん)を拝している(最新のFIFA世界ランキングは日本が14位、中国は77位)。しかし、現地で私が感じたのは「臥龍」中国がサッカーでも「昇龍」になる可能性だった。

講習会は前期(2月)、後期(5月)に分かれ、それぞれ期間は2週間。ベーシックなコーチ論からプロ監督のマネジメントの実際まで内容は多岐にわたった。インストラクターをやることが久しぶりであることや中国語と英語の通訳しかいないということも含め、本コースで「コーチのコーチ=インストラクター」を務めることに抵抗や不安がなかったわけではない。

しかし、今回のチーフインストラクターである小野剛氏(前日本サッカー協会技術委員長)に強く誘われ、参加を決意した。

日本サッカーの力を認めたということ?

対象者は中国のB級ライセンス保持者(後述するが、S級を既に保持しており、A級を受ける必要のない人もいた)。日本は下からD、C、B、Aと来て一番上がJリーグの監督になれるS級だが、中国はC、B、A、Sの順。講習自体は年に1回開催してきたが、講師はこれまでは欧州、特に旧共産圏つながりで東欧の指導者を呼ぶことが多かったという。

そこに今回初めて日本の指導者が呼ばれた。歴史教育を含めて日本の風下に立つことを絶対に許さない中国が、ある意味でついに日本サッカーの力を認めたということだろう。

中国が日本の家電業界や自動車産業から「学ぶ」のは当然のこと。それらは世界のトップブランドであり、言葉は悪いが、いいところを盗んでキャッチアップすることは国策でもあった。しかし、サッカーは違った。「世界から学ぶ」という「世界」の中に日本は入っていなかった。

それが今回方針を180度変えた。1980年代は中国の方がサッカーは強かった。それが、90年以降立場が逆転した。93年に発足したJリーグのせい? 彼らも94年にプロリーグを発足させている。しかし、差は詰まらない。逆にどんどん開くばかり。なぜ? ついに日中の「育成」と「指導者」の差に目を向けたのである。

広州アジア大会の中国戦で、先制ゴールを決めて喜ぶ山崎(2010年11月)

北京五輪で惨敗したことが背景に

彼我の差を直視する覚悟を決めたのは北京五輪で中国サッカーが惨敗に終わったことが背景にあるという。運営面でも競技面でも大成功を収めたのに、サッカーだけが数少ない失敗と総括された。

シンクロナイズドスイミングは井村雅代さんを招き、日本を抜いて銅メダルを取った。そういう影響もあるのだろう。そのため、CFAの体制を刷新、元いた幹部たちはほとんど更迭された(それも、八百長絡みで投獄された幹部もいるというから、やるとなったら徹底している)。

中国へ行って私が驚いたのは顔ぶれの若さだった。CFAの技術委員会の李飛宇副委員長は40代で、日本に新しい指導者養成を確立するのだと燃えていた、15年ほど前の田嶋幸三さん(現日本サッカー協会副会長)みたいな印象を受けた。

今年は「改革元年」

彼らは政府から、中国のサッカーを10年のスパンで立て直し、アジア・チャンピオンの座に就けることを至上命令にされている。今年はその「改革元年」であり、今回の講習会はそのスタートだとはっきり言っていた。

日本にとっても中国との関係強化は重要なテーマだ。AFCの会長ポストをカタールのビン・ハマムFIFA理事が握り、中東の資金力を背景にW杯の開催国にもなるなど、西アジアの発言力と政治力はアジアで膨張している。日中がしっかり足並みをそろえる大切さは以前より増している。

CFAの熱意は「小野さんのスケジュールが空いているところで講習会を開きます」というアプローチの仕方からもうかがえた。三顧の礼とはこのこと。小野氏から一連の流れを聞いた私も生半可の気持ちではいけないと腹をくくった。

とはいえ、協会の思惑と現場のコーチたちの思いは一緒ではない。初日の自己紹介で「ライセンスをもらうために(協会から参加しろと言われたから)来た」とはっきり言う者がいた。聞けば、これまでの講習はメソッド中心。プレスの掛け方の段取りだとか、サイドを崩すには、フィニッシュの精度を上げるには、といった練習メニューの伝授が主だった。

最初は高をくくっている雰囲気だったが

「今回もそんなもんだろう」「そんなこと、日本人に教わる必要はないよ」と受講者が高をくくっている雰囲気は初日からありありだった。

17人の受講者の平均年齢は40歳くらい。スーパーリーグの監督経験者もいれば、北京体育大学に在籍しながら中国代表チームの分析担当という青年もいる。

始めて3日ぐらいたって、これまでの講習と全然違うことが彼らも分かってきた。メソッドとかメニューは二の次なんだと。

我々はここに君たちの「問題発見」と「問題解決」の能力を刺激しに来たんだと。そういうスタンスが強烈な新鮮さを持って受けいれられ始めたのだった。幾つものデモンストレーションの中で、どういうタイミングで、何に着目し、どういうことを声掛けしていくか、実地にがんがん見せていった。どう選手をエンカレッジすれば心に響くのかを。

日本では当たり前のことに驚く

加えて、彼らにとって「目からウロコ」だったのが監督とコーチのリレーションだった。ある練習で小野氏が監督役、私がコーチ役を務めた。監督の意図をスムーズに伝えるため私がコーチングを含め、いろいろセットアップすると彼らは驚くのである。これにはこっちが驚いた。

日本ではコーチが監督のサポートをこまごまとやるのは当たり前だ。監督の顔色を読みながら先回りして、やっと「並のコーチ」である。監督の意図を響きやすくするために下地を作る声掛けをすることもあれば、監督が雷を落とした後に適切なフォローをすることが求められる。

また、日本ならGKが負傷した瞬間、もうコーチはベンチのGKにアップを命じる。「準備しとけ」と。ドクターが駆けつけ「プレーは無理」というバツ印のサインが送られてから「アップしろ」では遅すぎる。つまり、監督、アシスタントコーチ、GKコーチ、フィジカルコーチ、トレーナー、みんな、いろいろ肩書は付いているけれど、全員がチームに問題意識を持ち、共有し、解決を図ろうとする。

質問が止まらなく

隙間を全員で知恵を絞りながら埋めて、埋めて、ライバルに差をつける。それこそ企業もスポーツも変わらない、日本人のマインドだろう。そういう発想が中国のサッカー界はびっくりするほど乏しいのだった。

我々の話やデモンストレーションがよほど驚きだったのだろう。半身だった反作用で4日目くらいから食いつきが異常なほどになった。質問が止まらない。昼飯前に質問を受け付けたら、長蛇の列ができ、ほかの受講者がどんな質問をしているか、それも知りたいというので黒山の人だかりになってしまった。

懐かしく思い出されたのは15年前の日本、15年前の自分だった。当時は日本でもB級やA級を受けるのが本当に一苦労だった。「A級を受けるのは10年待った」という地方のコーチがごろごろいた。「県の中でやっと順番が自分に回ってきた」みたいな。

1歳ずつ上にあがるにつれ、色あせていく印象

今はB級なら年に12コースとか、A級でも年に3コースくらいある。月日を重ねることでコーチを教えるインストラクターも増えたから講座も頻繁に開けるようになったのである。その分、当初の必死の熱気は減じたと反省混じりに思った。

講師を務めながら、中国の弱みと強みが理解できた気がした。

例えば、選手の質。講習には北京国安というプロリーグの育成年代の少年たちが駆り出されていた。U-17(17歳以下)からU-15までの少年たちである。U-15の少年たちは私が知っている日本の同年代の少年たちと遜色ない。

上回っているタレントもいる。それがU-16、U-17と1歳ずつ上にあがるにつれ、色あせていく印象。80年代から時計の針を止めてしまったような古いコーチングを受け続けることで、本来持っている輝きを失っていくのだろう。

中国のサッカー少年たちにとって北京国安のようなプロチームの育成組織に入ることは夢である。その夢をかなえた少年たちが各年代別に30人ずついる。驚いたのは、彼らに学問をさせる意識が周りにまったくないことだった。

教育という概念は…

日本の感覚なら「それでトップチームに上がれなかった子のフォローはどうするの?」「学問・教育というのは自分自身で問題を発見・解決したり、目標達成のために自分を律する力を養うにためにも、つまり一流選手を養成するためにも必要なことだろう」。だが、向こうのクラブ関係者は「何、それ?」という反応。選手がプロになれなかった時の受け皿や選手を伸ばすための教育という概念はこれまで微塵(みじん)もなかったのである。

そうした扱いや考えが実は中国のサッカー界で問題になりつつあるらしい。一人っ子政策のおかげで親は日本以上に子供の進路を気にかける。経済成長でリッチになる選択肢がどんどん増えているご時世である。わざわざプロサッカー選手というリスキーな道を歩ませる必要はない。そう考える親御さんが増えているという。

登録人口が急減

それはCFAの登録人口に如実に表れていて、ここ数年の間にゼロが二つ取れるほど急減しているという。社会が豊かになったことで、クラブとしてプロになれなかった場合のセーフティーネットも用意しないと人材が集まらなくなる。そんな心配を彼らも真剣にし始めていた。

育成年代の大会もリーグ戦はやらずにトーナメントばかり。「それでは年間にやる試合数が少なすぎる」「勝ち上がるチームの選手と初戦で負けるチームの選手で試合数に差が付きすぎる」と指摘すると「ああ、なるほど」。

スーパーリーグを見ていると「カンフーサッカー」と呼ばれるとおり、ラフプレーが多い。八百長も以前は本当にあったのだろう。「Jリーグにはない」といくら言っても信じてもらえない。「ないはずないでしょう」と向こうのサッカー関係者が食い下がってくるのだから、もう苦笑するしかない。

素晴らしい練習環境

一方で強みもひしひしと感じた。北京国安の練習環境なんかJクラブが逆立ちしても及ばない。北京国安の魏克興・副強化部長は富士通サッカー部時代の仲間なのだが、彼の案内でクラブを見学したらフルサイズのピッチが13面もあった。最新鋭のマシンが置かれたトレーニングルームは日本の5倍の広さはある。「香川だ」「長友だ」と浮かれている場合ではないと痛感した。リーグにいる外国人選手の質も明らかにJリーグより上だ。

要するに、中国はまだ、いろいろな意味で歯車がまったくかみ合っていないのだ。それでいて、日本と試合をすれば、そこそこの勝負になるのだから、一つ、二つ歯車がかみ合い出して、車輪が大きくごろりと動き出したら、とてつもないポテンシャルを発揮することになるのだろう。

敵に塩を送った?

その可能性があることを今回の講習で感じた。吸収力のある、向上心の旺盛なコーチたちと触れ合ったからだ。いいコーチになる可能性を秘めた人間が何人もいた。

クロージングセレモニーでは、みんなが心のこもったスピーチをしてくれた。初日のとげとげしい空気はひとかけらもなかった。17人はウイグル州自治区とか広州、遼寧、いろいろなところから来ていた。みんな、地元に帰れば、それぞれのエリアでリーダーになる者たち。そんな彼らが「ここで学んだことを帰って、みんなに伝えたい」と涙混じりに話す。小野氏も私も、目がウルウルしてしまった。

今回、私たちがやったことは、敵に塩を送ったのと同じかもしれない。しかし、私は日本がW杯でベスト16からさらに先に進むにはアジアのレベルがもっとアップしないと無理だと確信している。欧州予選のようにアジア予選のハードルが上がらないと本大会で勝ち進めるわけはないと。

近隣のライバルとの切磋琢磨(せっさたくま)に勝る強化の方法はない。中国が追いかけてくるなら、日本はさらに先を行けばいい。

(前FC東京監督)

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