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「熱いスタジアム」が生み出す至福のサッカー

編集委員 武智幸徳

今季のJリーグは名古屋や鹿島、G大阪、浦和といった上位陣の常連を尻目に、格下と思われた柏、仙台の奮闘が目立つ。J2から昇格してきたばかりの柏は10試合を消化した時点で堂々の首位を走り、東日本大震災で被災した仙台も2位につけている。

選手とファンが一つになって喜び合う

この先、試練はたっぷりと用意されているのだろうが、両チームに思わず肩入れしたくなるのは「熱いスタジアム」という共通点を持っているからである。

6月15日、ホームのユアテック・スタジアム(以下ユアスタ)で仙台がG大阪に2-1で競り勝つ試合を見た。震災の影響でナイトゲームができず、平日(水曜日)の午後2時キックオフという集客には不利な条件。それでもスタジアムには1万4519人の観衆が詰めかけ、スタンドのほぼ8割方を埋めた。

黄色いユニホームに身を包んだ仙台サポーターの熱狂は86分の赤嶺真吾の勝ち越しゴールで最高潮に達した。選手とファンが一つになって喜び合う姿に間近で接することは、スポーツ観戦の楽しみの一つである。部外者であるこちらまで心洗われる思いがした。

程の良い距離から俯瞰できる

日本では数少ない「球技専用スタジアム」であるユアスタでは、特に眼福は倍加する。陸上競技のトラックがないため、ピッチとスタンドを隔てる距離が短い。それだけプレーをより手元で味わえる。仙台の攻守の切り替えの速さ、縦への推進力がびしびしと体に伝わってくる。

日本代表の関口訓充のドリブルの切れ味、自陣から敵陣までサイドをフルカバーする運動量に驚く。松下年宏の前線から下りてくる動きをおとりに、DFラインの背後を突く赤嶺、そこに出る縦パス、そういうグループとしての動きも、程の良い高さ、程の良い距離から、ここでは俯瞰(ふかん)できる。

敗れたとはいえ、G大阪のパスワーク、日本代表の遠藤保仁の細やかな工夫なども、専用スタジアムだと、よりディテールが楽しめるのだった。

実態は「球技共用」

柏の「日立柏サッカー場」(以下日立)はさらにその上を行く感じである。ユアスタはゴールからゴール裏の客席まで、ある程度の距離を取っている。ラグビーやアメリカンフットボールなど、サッカーのピッチよりも縦の辺が長い他の球技の使用も想定してのことだろう。

日立にはその距離がない。ゴールの真裏にすぐ客席がある。これが素晴らしい。

日本では「球技専用」という表現は、陸上のトラックがないから、球技の魅力を純粋に追求できるスタジアムというプラスイメージで使われることが多い。私にはどうもそれが昔から不思議だった。いろいろな球技がシェアするのなら「球技共用」という方が実態に近い気がするからだ。

実態は「球技共用」であるものを「球技専用」と称するのは、本当ならラグビーはラグビー場、アメフトはアメフト場、サッカーはサッカー場でプレーすべきなのに、スポーツ文化(施設)が貧相なために一つのところを使い回さざるを得ず、その物悲しさを糊塗(こと)するために称しているように思えてならないのである。「陸上競技場でやるよりは、まだましだよね」と自らを慰めつつ。

サッカー場がホームなのは柏と鹿島だけ

日立はその点、すがすがしい。「サッカー場」と名乗っている。「ほかの競技はやらないよ」という意思表明の潔さが素敵である。J1、J2合わせて「サッカー場」をホームとするのは柏と鹿島だけである。

縦も横も、とにかく日立は客席の位置がピッチに近い。そして低い。特にゴール真裏のサポーターの存在は脅威で、ここに乗り込んでくるアウェー・チームは「すごくやりづらい」とこぼす。

Jリーグが1993年に始まってから「ホーム・アンド・アウェー」という言葉が日本に定着したが、構造自体でホームの利とアウェーの不利を感じさせてくれるスタジアムは、日立など実は数えるほどしかない。審判や選手を威圧し、タフにするという意味でもトラック付きの緩んだ空間はマイナスなのである。

サッカーの不運は…

欧州のスタジアム事情に詳しい日本経済研究所の傍士銑太・地域未来研究センター長は「サッカーの不運は陸上のトラックの中で競技ができたこと」と話す。トラックの中でプレーできない野球は日本中にどんどん立派な野球場がつくられた。

プレーできるサッカーやラグビーは陸上競技場との抱き合わせで済まされ続けた。陸上競技場とのセットを脱したと思ったら、他の球技との共用。いつまでたっても「専用」にならない。「歌舞伎は歌舞伎座で、音楽はコンサートホールで楽しむのが当たり前なのに」(傍士センター長)。

模範とすべきはイングランド

スタジアムのつくり、特にスタンドとピッチの位置関係で模範とすべきはイングランドだろう。イングランドの客席は最前列の高さがピッチレベルと同じか低かったりするので実は見にくかったりする。それはそれで異論があるかもしれない。

プレミアリーグの試合を最前列で見た時、控え選手が一斉にタッチライン沿いでウオームアップを始めたら「邪魔だな~」と思ったことがある。ただし、手を伸ばせば届きそうな距離にスター選手が居ることの感激はその不便を帳消しにして余りあったのだけれど……。

普通に考えれば、ある程度の高さを確保した方が試合は見やすい。ドイツなどの新しいスタジアムを見ていると客席の最前列の位置が高くなっているように思える。しかし、そうすることで失われるものは大きいと私は思う。

選手とファンの一体感

イングランドのプレミアリーグが世界中の人々を(スタジアムに行けないテレビ桟敷の人々も含めて)熱狂させるのは、スタジアムの構造が作り出す選手とファンの一体感に負う部分がかなりあると思っている。

テレビを通しても空間がタイトというか、密度が濃いように感じる。それを最も痛感するのはゴールが決まった直後だ。

ヒーローとなった選手はガッツポーズや歓喜のジャンプを繰り返しながら客席に向かって爆走する。それを仲間が祝福しようと追いかける。つかまえて歓喜の塊ができる。

この一連の流れをテレビのカメラが追いかけた時、選手たちの歓喜の塊の後景には、同じように喜びを爆発させて誰彼となく抱き合うファンの姿がある。

誰もが「そこに行ってみたい」

一つのフレームに選手とファンの喜びが共存している。そこに映るのは混ざり物のない「至福」のみ。テレビで目にすれば、誰でも「自分もそこに行ってみたい」と思わせるような光景である。

サブリミナル効果ではないが、プレミアリーグはそういう刷り込みを毎週毎週、世界中の人々に施しているように思えてならない。

それが可能なのはピッチと客席の距離が近く、また客席の位置が低い、スタジアムのつくりが大いに関係していそうだ。

客席の位置が高いと、選手の歓喜の後景に映るのは壁であったり、広告看板であったりする。陸上競技場のように客席が遠いと、広告看板を飛び越えて客席まで走っていかないとファンの喜ぶ姿と一緒に収まるのは無理だ。

ピッチ上に遮蔽物がないのが一番

そういう工夫をしないと、後景はトラックとか殺風景な絵にしかならない。これではテレビで見ている人にもっと興奮しろといっても無理だろう。

プレミアリーグのスタジアムのような緊密な空間を作るには、ピッチ上に遮蔽(しゃへい)物を無くすことが一番だろう。

ピッチ上にあるのは選手とボールとゴールだけ。これならすごく集中できる。そういう意味でもプレミアリーグのスタジアムで感心するのはベンチが客席内にあることだ。

日本のスタジアムの場合、雨よけの屋根がついたベンチがタッチライン沿いにどっかと据えられる。プレミアのすっきり感をなぜまねないのか、さっぱり分からない。

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