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日本でも「脱バント」が浸透するか 日米野球比較5

スポーツライター 丹羽政善

大リーグに比べれば、まだまだデータが少なかった日本でも、2000年代に入ってからバントの効果についての検証が本格化している。

06年には東京学芸大学の及川研准教授らが、無死一塁でヒットエンドランや盗塁など各種作戦のなされた後の攻撃展開を比較することによって送りバントの効果を調べようと、プロ野球の公式戦全846試合(セ・リーグ330試合、パ・リーグ300試合、交流戦216試合)の中継放送を録画したそうだ。

バントが有利とはいえない

05年にはプロ野球公式戦の前半戦を対象として犠打の有効性を分析。得点期待値が下がる結果となったことはすでに紹介したが、その対象を1年間に広げて再検証を試みたのである。

及川研・栗山英樹・佐藤精一:『野球の無死1塁で用いられる送りバント作戦の効果について』、「コーチング学研究」、第24巻第2号、2011

気の遠くなるような作業の結果、導きだされた無死一塁のケースは3994回。それを「送りバント」「ヒッティング」「盗塁」「ヒットエンドラン」「バント企画後のヒッティング」と5つの作戦別に分けてその効果を分析すると、やはり得点期待値において「バントが有利とはいえない」という結論がもたらされたそうである(及川研・栗山英樹・佐藤精一:『野球の無死一塁で用いられる送りバント作戦の効果について』、「コーチング学研究」、第24巻第2号、2011)。

送りバントした場合の生還率は37.6%

以下、同論文のデータを引用しながら話を進めるが、3994回のうち、送りバントが選択されたのは912件(22.8%)。このときの「進塁率」(一塁走者が二塁または、その先の塁に進塁すること)は81.6%で「生還率」(一塁走者がそのイニングで得点すること)は37.6%、「得点期待値」(及川准教授の論文ではイニング総得点となっているが、ここではこれまでと同様に得点期待値と表記する)は0.73点となっている。

ヒッティングした場合については2297件(57.5%)で、進塁率が40.7%、生還率36.5%、得点期待値は0.86点だった。

及川研・東京学芸大学准教授

この2つのケースを比較すれば、進塁率に関しては、バントの81.6%に対しヒッティングでは40.7%と、およそ倍の差が出ているのに、生還率は37.6%と36.5%でほとんど差が見られないことが分かる。

2番打者のケースで調べると…

送りバントは、一塁走者を生還させるために、より確率の高い戦術と目されているわけだが、実際には100回のうち1回程度しか違いが生まれない計算だ。

以上の数値は、打順などに関係なく全ケースを対象としたもの。さらに詳しく分析し、後ろにクリーンナップが控えているため、犠牲バントによって得点する確率がより高くなると一般的には考えられる2番打者について調べてみると、さらに意外な結果が明らかになったという。

2番打者が無死一塁で打席に立ったのは942回で、うち316回(33.5%)で送りバントが選択されている。このときの進塁率は89.9%と先ほどの数値よりも高く、生還率も44.0%と上がっている。

及川研・栗山英樹・佐藤精一:『野球の無死1塁で用いられる送りバント作戦の効果について』、「コーチング学研究」、第24巻第2号、2011

だが、2番打者がヒッティングした307回のケースを調べてみると、進塁率は45.0%で生還率は44.3%と、バントをした場合と比べてわずかながら生還率が上回っているのである。

送りバントをすると生還率は低く

進塁率の差は、ほぼ倍であるというのは予想通りの結果といえるだろう。

しかし、生還率に関してはヒッティングの方が上というデータは定石を揺るがしかねない数値で、イニングの得点期待値はバントをした場合が0.80点なのに対し、ヒッティングは1.10点と大きな差が生まれている。

盗塁、ヒットエンドランなど、他の作戦と比較しても、2番打者がバントをした場合の進塁率は一番高いが、生還率は一番低くなっている。

無死一塁でバントをすれば得点しやすくなるというセオリーを確率という視点で見れば、これまでに紹介してきた大リーグでの検証結果も含めて一連の数値が、そのセオリーは必ずしも肯定されないことが分かる。

バントがあるから強攻策が生きる

ただ、そうはいっても、及川先生はバントの効果を否定しているわけではない。

「(無死一塁でヒッティングして走者を進められずに)1アウト一塁になる可能性が高いのであれば、バントをしたほうがいい。結局、いろんなことが起こる可能性が全部平等に起こるのであれば、ヒッティングの方が得だが、打者と投手、走者を考えて、1アウト一塁にされてしまう確率が高いのであれば、バントをした方がいいのではないか」と及川先生は話す。

さらに、バントが存在するからこそ、ヒッティングが生きてくる面もあると補足した。

「バント企画後のヒッティングの得点期待値が一番高い。それは、シフトも敷いてくるし、相手が考えてくれるからだと思う。(大学で監督をしていて)バントをするのをやめたら、相手が余裕を持って守っていた。打ってくるだろうということで下がって守られると、強攻したらゲッツーになったりする。(相手が)バントシフトを敷いたところで打つから、面白い」

極端な発想は必要なし

これまで度々紹介し、得点を目的とした犠牲バントの効果を否定している「The Book」という本でも、「たまにはバントをするべき。相手守備陣にバントがあると思わせることが必要」と、そうした効果を認めている。相手がバントを意識した守備体制を敷けば、前で守っている分、速い打球が野手の間を抜ける確率が高くなることなどを指摘したものだ。

要は不利なデータが並んでいるからといって、戦術からバントを外す極端な発想を持つ必要もないということである。

及川先生も論文で、「個別の状況を詳しく分類、検討してバントの効果が認められる条件を考察することや、バントを用いることでの心理面も踏まえた有効性を考察することは本研究で行っておらず、今後の検討を要する」と述べておられ、今回の調査からは「チームによっては送りバントの後の方がイニング総得点が高い場合があって、条件を選ぶことで送りバントが有効になる可能性が推測できる」そうだ。

その場面ごとに判断して

「そうした判断なく、強いチームも弱いチームも、どんなケースでも安易に送りバントを選択するという文化は点検されるべき」というのが、及川先生らの主張であり、「その場面ごとに最も確率がよく選手の力量が十分に発揮される作戦が選ばれることが望まれる」と結んでいる。

いち早くその"点検"を進めた大リーグは、一部のチームでやや排除の動きが極端であるものの、1980年代の半ば辺りから「脱バント」に移行していった。

日本でも得点期待値に置いて不利な結果が出ているにもかかわらず、日本のプロ野球界ではいまのところバント重視の傾向に変化はうかがえない。

それは、前回のコラムで触れたように、査定まで含めた野球観の違いに根ざすものなのか――。日米の文化、価値観の違いを背景とするものなのか――。

少なくともバントが定着した過去において、"犠牲"という概念が日本人の心に響き、浸透していったという一面があるような気がするが、同時に、今日の様々なデータは、見る側に野球の別の楽しみ方を提案している。

「バントなし」の大会を行っている連盟も

「バントは、必ずしも有効な戦術ではないんですよ」という言葉は、今後、日本人にどう響くか。

及川先生によれば、山形県の鶴岡野球連盟で行われている中学の大会は、「バントなし」という約束になっているそうだ。

高校野球の指導者でも「(無死一塁で犠牲バントをすることは)打つ力を育てるチャンスをなくしている」と考えている方が増えているという。

日本では、プロ野球を野球界のピラミッドの頂点とするならば、底辺から徐々にバントの生産性、非生産性の検証が始まっているようだ。

(おわり)

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