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神様・仏様…鉄腕・稲尾和久の短すぎた投手生命
スポーツライター 浜田昭八

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2011/2/5 7:00
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1950~60年代に活躍したプロ野球のOB選手と話すと、いつも「生まれるのが、ちょっと早かった」という嘆き節で終わる。フリーエージェント(FA)だ、大リーグ行きだと騒がれ、あっさり億万長者になる後輩をうらやむ。

■すさまじい"労働量"

特に元投手のOBに、その傾向がある。貨幣価値の差を考えても、年俸は現役とは比較できないほど低く抑えられていた。

投手の役割分担が確立していない時代だから、「先発、そして救援に」と酷使されて投手寿命は短かった。

神様、仏様とあがめられた西鉄の稲尾和久が、その典型的存在だった。本人は投げるのが大好き。頼られると意気に感じるタイプだけに、酷使された感覚はなかった。だが、その"労働量"はすさまじいというほかはない。

■工藤と比べても…

例えばライフタイム記録を、稲尾よりプロ入りが26年遅い工藤公康(西武など)と比べると、その差は歴然としている。

稲尾は実働14年、756試合に登板して、完投179、投球回3599、276勝137敗、防御率1.98。

工藤は実働29年、635試合に登板して、完投116、投球回3336回2/3、224勝142敗3セーブ、防御率3.45。

工藤は若いころ「過密登板でつぶれたら、誰が面倒を見てくれる」と言って物議を醸した。「肩は消耗品」と考える世代の投手の本音で、稲尾時代と状況は違う。

そうした違いを差し引いても、稲尾はよくこれだけ投げたと思う。

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