審判受難の時代…サッカーアジア杯で相次ぐ微妙な判定
サッカージャーナリスト 原田公樹
いまカタールで行われているサッカーの2011年アジアカップで、「誤審では?」と重大な疑いを抱かれるような微妙な判定が相次いでいる。それも試合結果を左右するようなものの連続だ。
「トリオシステム」を採用
今大会からアジア・サッカー連盟(AFC)は、国際サッカー連盟(FIFA)が導入し、過去2大会のワールドカップ(W杯)で効果を上げている「トリオシステム」を採用。常に同じ主審と2人の副審がチームを組み、慣れ親しんだ審判団で、よりよいジャッジを行おう、とするものだ。特に今大会は、この3人のレフェリーが同じ国籍で構成されている。
例えば昨年のW杯南アフリカ大会で日本の西村雄一・国際主審は、相樂亨・国際副審と鄭解相・国際副審(韓国)とで「東アジアチーム」を組んだ。
だが、今回は西村主審、相樂副審、名木利幸・国際副審の日本人チーム。各チームは自国リーグでも経験を積めるため、より正確で、巧みなゲームコントロールができると期待されていた。
この日本チームは開幕戦を担当。オフサイドで微妙な判定はあったが、全体的にはうまく試合を裁いた印象だ。
中国-クウェート戦でも一発退場
ところが、その翌日、中国-クウェート戦で試合結果を左右するような微妙な判定があった。両チーム無得点だった前半、ウィリアム主審(オーストラリア)はクウェートのDFメサエド・ネダを一発退場にしたのだ。
ボールを競り合った際に中国のFW楊旭の股間を蹴った、という判断だったのだろう。だが、ビデオで見ると、当たった程度。イエローカードが適当だったが、楊旭が痛がって、ピッチ上でのた打ち回る"演技"をすっかり信用してしまったのだ。
しかも副審の目の前での出来事だったが、主審の正確なジャッジを助けることができなかった。
結果的に、10人になったクウェートを中国が圧倒し、2-0で勝利した。オーストラリア審判チームの判定で、一方に流れが大きく傾いてしまったのである。
そして13日の日本-シリア戦でのジャッジは多くの方がご存じの通り。1-0で日本のリードで迎えた後半27分、MF長谷部(ウォルフスブルク)のバックパスをGK川島(リールス)がクリアしたがミスパスとなり、これを受けたシリアのFWアルハティブが縦パス。そのボールを受けようとしたFWマルキの足元に川島が突っ込んで倒してしまった。
GK川島が一発退場となったが…
川島がマルキを倒したプレーは完全にファウルだが、その前にパスを受けようとしたマルキは明らかにオフサイド。副審もフラッグを上げていた。しかし、モーセン主審(イラン)はアルハティブの縦パスは「日本の(今野=FC東京=の)バックパスだった」と日本代表の主将・長谷部らに説明し、川島を一発退場にした。
ビデオを見直すと、今野が絶対に触っていない、とは言い切れないが、総合的に見れば、極めて誤審に近い判定といえるのではないか。
その9分後、今度はFW岡崎(清水)がゴール前でシリアのDF2人と競って倒され、PKを得た。日本代表史上通算1000ゴール目となるPKを本田圭(CSKAモスクワ)が決め、日本は辛くも今大会初勝利をつかんだ。
お返しのPKで帳尻合わせ?
だが、公平に見ると、この勝ち越しゴールとなったPKは厳しすぎる気がする。モーセン主審は自らのミスジャッジに気づき、帳尻を合わせるため、日本にPKを与えた可能性もあるのではないか。
これによって日本は救われたわけだが、シリアにとっては不幸な判定だった。
なぜこのような"誤審"と言ってもいいような判定が起こるのか。先日、アジアカップの審判団の取材日に、アジアのトップレフェリーの1人である、マレーシアのサブヒディン・サレー主審に聞いてみた。
サレー主審は、今回ではなく、6年半前、中国で行われたアジアカップ準々決勝のヨルダン戦を担当。日本の2大会連続3度目のアジアカップ優勝に大きく"貢献"した、忘れることのできない主審だ。
1-1のあとの延長PK戦で日本の1番手、中村俊(当時、レッジーナ)、2番手の三都主アレサンドロ(当時、浦和)が連続して軸足を滑らせて失敗。この直後、ジーコジャパンの主将だった宮本(当時、G大阪)の抗議によって、後攻のレバノンの2人目から、使用するゴールサイドを変更した。

「あのときの決断は間違っていない」
これで流れが変わり、GK川口(当時、ノアシェラン)の神業のような好セーブもあって、レバノンは4-7人目が連続失敗。日本は延長PK戦を4-3で制し、準決勝へ進み、その後、優勝を果たすことができた。
ジーコ監督でさえ、PK戦の最中のゴール変更について、「私のサッカー人生において、見たことも聞いたこともない」と話していた。世界でもまれに見る、決断を下した主審なのである。
サレーさんは言う。「いまでもあのときの決断は、間違っていなかったと思っています。日本を勝たせようと思ったのではなく、サイドを代えることが、どちらの国に対しても公平である、と判断したからです」と力強く言い切った。
スピードも技術も上がっている
さらに最近、頻発する"誤審"について、「トップレベルの試合は、スピードも技術も驚くほど上がりました。例えば6年半前、つまり2大会前のアジアカップとは比べものにならないくらい。ボールのクオリティーも上がり、パスやシュートのスピードも速い。レフェリーはさらなる努力が必要だと思います」。
またテレビの放送技術の進歩が"誤審"を生んでいる、ともいえる。現在、W杯やアジアカップなどの主要国際試合は、天井からのスパイダーカムをはじめ、30台近いテレビカメラを駆使して世界中へ放送される。
微妙なシーンについては、あらゆる角度から、スーパースローモーションの映像が繰り返し放送される時代だ。3人の審判団の目が届かない死角が映し出され、"ミスジャッジ"が即座に白日の下にさらされる。
30台のテレビカメラにはかなわない
その昔、かつてラジオ放送しかなかった時代は、審判の"ミスジャッジ"は存在しなかった、といわれる。かつてプレーのスピードがそれほど速くなかったため、ジャッジしやすかったこともあるだろうが、何よりも映像による「証拠」がなかった。
この数年、欧州カップ戦ではゴール裏にさらに2人の追加審判を加え、第4審判を含めた「6人制審判」がテスト導入されている。だが、そんな6人の「12の目」を使っても、30台のテレビカメラにはかなわない。
おそらく数年以内に欧州の主要リーグで、ゴールラインの判定を機械で行うシステムがテスト導入されるだろう。
ファンも「微妙な判定」を話のネタに
だが、多くの欧州のサッカー関係者や監督は、それ以外のプレーについて、ビデオを使った判定を行うことには反対だ。サッカーのジャッジは人間が行うもの、という古い伝統に固執している。
おそらくビデオ判定を採用しているアメリカン・フットボールのあの杓子定規(しゃくしじょうぎ)なジャッジや、その判定に要する数秒間の「間」が、サッカーにはなじまないのも確かだろう。
いや別の見方をすれば、いまやファンやメディアは、テレビの映像と見比べて、微妙なジャッジをネタに論議することを楽しんでいる風でもある。審判受難の時代はしばらく続きそうだ。
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