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Jリーグの理念揺るがす大宮の「観客数水増し」問題

サッカージャーナリスト 大住良之

Jリーグ1部(J1)の大宮アルディージャが過去4年間にわたって入場者数を「水増し」して発表していた問題で、Jリーグの大東和美チェアマンは16日、けん責処分(始末書提出)とともに制裁金2000万円を科すと発表した。2000万円の制裁金は2008年の浦和―G大阪戦でサポーター同士のトラブルで浦和に科せられた最高額と並ぶもの。この裁定を受け、大宮は30日以内に制裁金を支払わなければならなくなった。

NACK5スタジアム完成とともに水増しが始まった

大宮のホームスタジアムは、さいたま市大宮区(旧大宮市)にあるさいたま市所有の「NACK5スタジアム大宮」である。かつては「埼玉県営大宮公園サッカー場」と呼ばれていた。

1960年に建設され、大改装されて東京オリンピックのサッカー競技で使用された。浦和レッズも一時準ホームスタジアムとして使用したことのある球技専用競技場だが、その後、J2の大宮がホームに。その大宮が05年にJ1に昇格したこともあって大改装が決定し、2007年11月11日に大分トリニータを迎えて新装のスタジアム(収容1万5300人)の初戦が戦われた。

「水増し」が始まったのは、まさにその試合だった。

スタンドは立錐の余地もないほど埋まっていた

前売りに出した1万4530枚のチケットは完売していた。ピッチから見上げると、スタンドは立錐(りっすい)の余地もないほど埋まっていた。

だが当日入場ゲートを通過してカウントされた観客を総計すると、1万1725人にしかならなかった。当日、新スタジアム落成を祝うために試合前にいろいろなイベントを実施し、選手の家族も多数招待されていた。

Jリーグの基準では入場無料のイベント参会者や選手家族がスタンドに入って観戦した場合も、「入場者」に含めてよいことになっている。ただしその場合には、別個の入場ゲートを設置し、人数をしっかりカウントしなければならない。アルディージャはそれを怠り、イベント参加者などに「そのままスタンドに入ってください」と誘導していたという。

運営に当たっていたクラブの幹部2名は、ゲートでカウントされていない人びとを「総合的に勘案」して、試合の後半半ばに入場者数を「1万4752人」と発表した。

最初は「悪意」はなかった

Jリーグは07年に「イレブンミリオンプロジェクト」をスタートした。3年後の10年にJ1、J2を含めた全観客数を1100万人にしようというキャンペーンだった。前年の06年には約839万人だったから、約30%増という目標である。その目標に従ってクラブごとの目標も設定されたが、そのときにそれまであいまいだった「入場者数」についての定義が明確にされている。

大宮の最初の間違いは「幹部2名」がその定義を知らず、規定の手順を踏まずにイベント参加者などを「入場」させたうえに、推定で上乗せしてしまったことにあった。「悪意」があったわけではないようだ。

だが、このようなことは一度で済まないのが世の常である。「幹部2名」は、その後も「見た目の満員感」に合わせて入場者数の上乗せを繰り返していった。

変化していった「数字操作」の意図

その一方で、クラブにはイレブンミリオンプロジェクトに従い、09年までに「年間入場者総数を30万人にする」という目標があった。08年、09年になると、入場者数集計を担当していた「幹部2名」の「数字操作」も意味が次第に変化し、その目標に近づけることが目的になっていく。

「目標が未達成になった場合には、支援の縮小やサポーター離れ等、クラブにとっての不利益が生じることを両名が懸念し、入場者の上積みを行ってまいりました」

10月19日に発表された大宮による「調査結果のご報告」には、このように書かれている。「支援の縮小」とは、言うまでもなく「スポンサー離れ」ということだ。

浦和サポーターの疑念から明らかに

こうして積み上げてきた「水増し」は07年11月11日以後の全ホームゲーム、総計58試合で11万1737人となった。

その最後の試合は今年10月2日のJ1第25節、浦和レッズ戦。「さいたまダービー」ということで多数の入場者が見込まれたため、6万3700人収容の埼玉スタジアムで開催された。同じさいたま市内にあるが、もっぱらレッズのホームとして使われているスタジアムだ。観客数は3万3660人と発表された。

疑念をもったのはレッズのサポーターたちだった。前節、レッズは新潟を迎えて戦ったが、入場者は3万1973人と発表されていた。スタンドの空席はそれより多い印象だったのに、2000人近くも上回った発表に驚いたのだ。

その疑念からうわさが広がり、Jリーグが大宮に調査を求めたところ、過去4年間にわたる「水増し」が明らかになったのだった。

他のクラブの「問題なし」の回答とは?

試合ごとの数字まで明確になった「水増し」の数字は、すべて大宮の「自己申告」によるものだ。この事件を受けてJリーグは他の全36クラブにも観客数が正確に発表されているか調査を命じたが、あくまで各クラブの自主的な調査であり、証拠を求めているわけではない。

実は、発表されている「入場者数」は、その場限りの入場ゲートにおけるカウントを元にしたもので、後に証明できるものではないからだ。

全36クラブが出した「問題なし」の回答は「全入場ゲートできちんとカウントし、それを集計し、そのままの数字を発表する態勢が整えられている」という意味なのである。

Jリーグの入場者数の定義

Jリーグが定めている「入場者数」の定義は以下の通りである。

1.スタジアムに来場した観客数。チケット販売数ではない。半券(入場ゲートでもぎ取るチケットの一部=筆者注)の数でもない。

2.チケットが不要な未就学児童も人数に入るため、入場口でのカウントによる。

3.車いす観戦者、そのヘルパーもそれぞれ対象とする。

4.選手、審判員、クラブスタッフ、その他の運営関係者、競技場スタッフ、売店関係者等、関係者は除外する。

5.VIP席での観客数は人数に入るが、両チーム役員は除外する。

6.記者席の報道関係者、グラウンドのカメラマンは除外する。

後で検証することはできない

定義としては非常に明確であり、また「試合を見て楽しむ人の数」という考え方も評価に値する。02年の日韓大会以来、ワールドカップでは「SOLD OUT」という訳の分からない発表が行われ、実際にスタジアムに何人訪れたか分からなくなっているから、Jリーグの基準ははるかに優れている。

ただ問題は「ゲートでのカウント」が、アルバイトによるカウンターの手押しで行われているということだ。訓練はされているだろうが、当然カウント間違いは起こる。そしてチケットを持たない「未就学児」のカウントは、その場限りのもので、後に検証することができないのだ。

さらに、集計作業、それを発表する段階で、間違い、あるいは人為的な操作がなされてしまう危険性は否定することができない。

「観客数水増し」は日常茶飯事

かつて日本のスポーツでは入場者実数など発表されたことがなく、主催者発表の概数だけだった。景気づけのため、プライドを守るため、あるいは何らかの利益をはかるため、その数字が大幅に水増しされていることは日常茶飯事だった。

今でこそプロ野球も実数発表になっているが、かつては巨人が東京ドームでの主催試合の観客数を毎試合「5万6000人」と発表していた。実際には座席が約4万6000しかないのにもかかわらずだ。アメリカンフットボールで国立競技場(当時の座席数は6万1000)に8万人が入ったと発表され、スポーツ紙の1面を飾ったこともあった。

サッカーでも、日本サッカーリーグ(1965~1992年)当時には、運営担当者がスタンドを見上げて「きょうは3000人かな」などと決めていた。天皇杯全日本選手権の決勝戦では、チケットをもった入場者が2万人に満たなくても、「決勝だから」「正月だから」と、3万人を超す数字が発表されるのが常だった。

実数発表の根本理念

だがJリーグは、スタートするに当たって敢然と「実数発表」に踏み切った。

「お客さま一人ひとりを大切にしなければ、Jリーグに未来はない」と初代チェアマンの川淵三郎さんが考えたからだ。

概数で「2万5000人」という発表だったら、「自分が行かなくても数字は変わらないのではないか」とファンは感じてしまうだろう。しかし、実数で例えば「1万8956人」という発表を見たら、「自分が行かなければ、この数字は1万8955人になっていたんだな」と感じることができる。

単なる数字ではない

入場者数は単なる数字ではない。Jリーグの歴史の重要な一部だ。「総体としての観客」ではなく「一人ひとりのお客様」を歴史として積み上げようというのが、「実数発表」の根本理念だったのだ。

同時に、実数を発表していかなければ、はたして実際に観客数が増えているのか、減っているのか分からないではないか。

こうした考えの下に、Jリーグは92年9月5日、本格スタートの前年に行われた最初の公式大会、「ナビスコ杯」の第1節から実数発表を実行したのだ。Jリーグとサッカーが爆発的なブームを迎えるのは、この年の年末あたりから。実数発表に踏み切ったのは、まだ「プロサッカー」が海のものとも山のものともつかぬ状況下だった。

大宮の観客数水増しは、こうした根本理念を理解していなかった結果にほかならない。Jリーグにとっては、その存立に関わる重大な違反なのだ。

初心を問い直す時期

大宮は当該の「幹部2名」を解任、渡辺誠吾社長も辞任することになった。

だが、これですべて終わったわけではない。Jリーグと全37のクラブの全役員、全スタッフは、リーグの根本理念を改めて思い起こし、肝に銘じて業務にあたらなければならない。

来年、Jリーグは社団法人創立20周年を迎える。そして再来年にはリーグも20シーズン目に入る。当初10クラブだったリーグは、いまやその4倍近い規模に達しようとしている。「初心」を問い直す絶好の時期だ。

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