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雲の上のお医者さん 登山者を見守る診療所の物語

油井直子さん(44)は山が大好きな整形外科医。専門はスポーツ医学だ。毎年夏になると、北アルプスの槍ヶ岳(3180メートル)を目指し、リュックを背負う。山頂直下の肩にある槍ヶ岳山荘(3080メートル)に併設された「夏山診療所」で医療ボランティアに従事するためだ。今年で18年目を迎えた。

研修医時代、ジーンズにスニーカー姿で初めて「槍」に登った。そのときの感動が今でも忘れられない。山小屋から頂上まではわずか100メートルの距離だが、体調不良で頂上を踏めない登山者が何人もいることも知った。高山病、胃腸炎、打撲やねんざ。症状はさまざまだ。

診療所の医療ボランティアは通常、2、3日のサイクルで交代する。今回は3泊4日だ。あいにくの天候が続く中、登山者の無事をねがっていた油井さんのもとに、緊急連絡が入った。山頂付近で滑落者――。現場へ急行する。しばらくして救助のヘリコプターが上空を旋回した。

けが人は30代の女性。首の骨を折る重傷だ。手早く首を固定したが、風が強くてヘリでつり上げることができない。足場も悪く、落石の危険もある。やむなく背負って山小屋のヘリポートまで下ろすことに。緊張の連続。市街の病院に到着した女性は、幸い、一命を取り留めた。

この日の事故は、油井さんにとってこれまで経験したことのない、重い症例となった。急斜面での応急手当、救助も初めてだ。設備も限られている中で、十分に満足のいく処置ができるわけではない。日誌に反省点がつづられた。

「おかげで山頂まで登れました」。下山時に登山者が再び診療所を訪れ、元気に報告してくれる。油井さんにとって一番うれしい瞬間だ。ボランティアのため、交通費などは基本的に自弁だが、登山者の笑顔が報酬だと思う。

油井さんの夢は、日本にはまだいない「国際認定山岳医」になること。そのためには高所での医学や救命医療はもちろん、冬山や岩登りなどの登山技術も学ぶ必要がある。また来年の夏、槍ヶ岳で――。確かな夢を胸に、山を下りた。

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