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江川卓、引きずる明暗両極端のイメージ
スポーツライター 浜田昭八

(3/3ページ)
2010/9/12 7:00
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「100球肩」と批判も

それでいて、金銭感覚はシビアだった。契約更改では、現在のように代理人を伴うわけでなく、球団経営者と堂々とわたりあった。実現しなかったが、不振選手の大幅減俸を救う「25パーセントの減額制限の撤廃」を主張し、出来高払いの導入を提案した。

それだけ、野球に自信があったのだろう。しかし、年を経るにつれて考えは微妙に変わった。相手に研究され、江川にも肉体的な衰えがあった。スライダーをマスターするなど、球種を徐々に増やした。七、八回で降板するケースが増え、"江川の100球肩"と言われたりした。

突然の引退

現役引退は唐突な感じだった。13勝5敗をマークした87年のオフに、自らユニホームを脱ぐと申し出た。公表はしていなかったが、右肩の痛みにずっと耐えていた。実働9年、32歳。あまりにも早過ぎる引退だった。

引退後はユニークな野球解説で人気を博しているが、現場復帰の機会はまだない。あふれる野球知識と包容力のある人柄は買われているが、巨人入り当時の"ダーティー"なイメージを気遣う球団経営者が多い。指導者の人材が豊富とはいえない球界は、いつまでこの人を"野"に置いておくのだろうか。

 えがわ・すぐる 1955年栃木県出身。78年法大卒。南加大へ野球留学のあと、ドラフト制の盲点をついて79年巨人入り。87年まで投げ、135勝72敗3セーブ、防御率3.02。最多勝2回、最優秀防御率1回。81年MVP。
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