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江川卓、引きずる明暗両極端のイメージ
スポーツライター 浜田昭八

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2010/9/12 7:00
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江川卓には「初志貫徹の人」と「ルール破り、手抜きの悪役」という、明暗両極端の評価がつきまとってきた。巨人のユニホームを脱いで4半世紀近くたった今も、そのイメージを引きずって生きている。

"空白の一日"

入団時の衝撃が、いまだに野球関係者とファンの脳裏に焼き付けられたままでいる。1978年ドラフト会議の前日。いわゆる"空白の一日"を探り出して、巨人と江川は電撃的に入団契約を交わした。

球界の猛反発で事態は紛糾した。巨人が出席をボイコットしたドラフト会議で、阪神が江川との交渉権を獲得。巨人がリーグ脱退、新リーグ結成をちらつかせるなど、未曽有の混乱に陥った。

81年には"投手3冠王"

当時の金子鋭コミッショナーの限りなく指令に近い"強い要望"があった。巨人のエース格だった小林繁と、形の上で阪神の選手になった江川との交換トレードが成立したのは、79年のキャンプイン前日だった。

巨人入りした江川は、期待通りに実力を発揮した。入団1年目の79年は出場自粛2カ月の措置をとられて9勝にとどまったが、翌80年には16勝で最多勝。81年も20勝で2年連続最多勝投手になるとともに、2.29で最優秀防御率、7割6分9厘で勝率1位の"投手3冠王"になった。さらに、18勝の同僚西本聖をしのいでMVPにも選ばれた。

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