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日本サッカー協会・小倉新会長への期待と課題
サッカージャーナリスト 大住良之

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2010/7/31 7:00
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日本サッカー協会(JFA)の第12代会長に小倉純二氏(71)が就任した。1938年8月14日、東京生まれ。都立西高から早大を経て1962年に古河電工に入社。サッカーをプレーした経験はなかったものの、日本サッカーリーグ(1965~1992)に所属する同社サッカー部の奮闘ぶりを見て心を動かされて運営の手伝いをするようになり、サッカーとのつながりができた。

ロンドン転勤時に渡された名刺

以後、小倉氏は古河電工や日本のサッカーと密接にかかわりを持ちながら半世紀を過ごしてきた。サッカー選手としての経歴がない日本サッカー協会会長は、第5代の平井富三郎氏(在任1976~87年、新日鉄元社長、故人)以来のことである。

小倉新会長の強みは、国際的な知名度と、世界のサッカー関係者からの信頼の高さにある。

サッカーとのつながりと同様、小倉氏が「国際派」となった背景には偶然の巡り合わせがあった。81年に古河電工のロンドン支店に転勤になったが、そのとき古河電工の先輩で、当時財団法人日本サッカー協会の専務理事の立場にあった長沼健氏(故人)が「日本サッカー協会国際委員(在ロンドン)」と書かれた名刺を小倉氏に渡したのだ。

日本とイングランドの架け橋に

単なる日本のメーカーの社員としてではなく、日本サッカー協会の名刺をもっていたことは、小倉氏のロンドン駐在員としての仕事を大いに助けた。しかしそれ以上に、小倉氏は日本のサッカーとイングランドのサッカーの橋渡し役を務めた。

古河の若手選手を毎年のようにロンドンのウェストハム・ユナイテッドに短期留学させる一方、ウェストハムのクラブ役員やスタッフ、さらにイングランド協会の役員と親密な友好関係を結び、協会の運営、プロクラブのあり方を学ぶなど、後のJリーグ設立に向け貴重な情報も得た。

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