世界引っ張る独創気質 オランダ・サッカー事情(上)

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2010/5/7 11:02
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この夏のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で日本の前に立ちふさがる大きな壁がオランダだ。最新の国際サッカー連盟(FIFA)ランキングは3位で、スペイン、ブラジルとトップ3を形成する。人口約1650万人、国土は九州ほどの広さなのに、ドイツなど近隣のサッカー大国と肩を並べる存在であり続ける小さな巨人である。

2人の天才から始まる

オランダ代表。国土は九州ほどだが、ドイツなど近隣のサッカー大国と肩を並べる小さな巨人=共同

オランダ代表。国土は九州ほどだが、ドイツなど近隣のサッカー大国と肩を並べる小さな巨人=共同

すべては2人の天才から始まった。1974年のW杯西ドイツ(当時)大会でオランダを準優勝に導いたリヌス・ミケルス監督と主将のヨハン・クライフである。

アムステルダムのアヤックスで指揮をとったとき、ミケルスは「理想のサッカーとは何か」を求め、相手陣地で連続的なプレスをかけ、奪ったらポジションを変えながら流動的に攻める戦法にたどり着いた。W杯の風景は74年を境に劇的に変わり、その爆発力、革新性はユニホームの色とキューブリックの映画に引っかけて「時計じかけのオレンジ」と恐れられた。

幾多の名将生む

なぜオランダは時代を先取りできたのか。

クライフの下で長年GKコーチを務めたフランス・フックは「60年代後半に本格的なプロの時代に突入し、あのスタイルを実現させるための練習量を格段に増やせたことが大きかった」という。

ピッチにはクライフという特別な存在がいた。「ビジネス、芸術あらゆる分野で突き詰めて人と違った答えを出したがるのがオランダ人気質」(フック)。クライフはまさにその典型でボールと空間と時間を完ぺきに近い形で操り、相手の弱点をあっと驚く形で深々とえぐってみせた。

独創の気風は今も脈々とオランダサッカーに息づく。監督はミケルス、クライフ、韓国をW杯4位に押し上げたヒディンクなど名将ぞろい。日本もオフト時代に恩恵を受けている。オランダのコーチは世界中から引っ張りだこで協会の国際部門は周旋の窓口と化しているほどという。

「小国」を強みに

また「アマチュアの環境は世界一」と自負し、ユニークな育成大国としても知られる。現在オランダ協会登録のサッカー人口は約114万人。5000近いクラブが有する芝生のピッチが国中を覆い尽くす。そんな土壌から次々に才能が発掘され大きく育てられる。

まずオランダ全土を6地域に分割。ロッテルダムを抱える西部II地域の場合、さらに8ブロックに分割し、それぞれに専任のプロコーチを置いて1人当たり40から50のクラブに目を光らせる。毎月のようにセレクションを重ねて11歳からブロック選抜を編成、ブロックごとに競わせながらU-15(15歳以下)オランダ代表の母体をつくる。

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