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「投資が怖い」シンドローム

長期分散投資の真実(4)

編集委員 田村正之

「銀行の人に投資信託を勧められているんだけど……」

友人であるフリーアナウンサーのY子さん(44)からメールが来たのは、今年の1月半ばだった。2000万円超の預貯金を持っている彼女は、あるとき銀行で担当者に別室に連れて行かれ「こんな大きなお金を預貯金で持っているなんて、もったいないですよ」と投資信託での運用を勧められたという。

銀行の担当者が「最近、多くの方が購入なさっています」と提示したのは、「通貨選択型」という投資信託。低格付け債券や新興国債券などリスクは高いが利回りも高い債券で運用するとともに、受け取り通貨をブラジルなどの新興国通貨に切り替えることで「為替プレミアム」なるものを上乗せして受けられるという商品だ。

Y子さんはリーマンショック前の2007年、1度だけ投資をしたことがある。あるセミナーの講師のお勧めだったという国内新興企業株を買ったものの、その後株価が急落、投資額が半分になった。「やっぱり私には無理」と投資をやめていたのだが、銀行の担当者に再び勧められて心が揺れたのだそうだ。

通貨選択型投信というのは、そもそも運用対象資産そのもののリスクが高いうえに、変動の激しい新興国通貨のリスクまで同時に負う。販売が本格化した昨年前半のように、たまたま経済の回復期にあたれば成績は良くなるが、逆の状況になれば投資対象債券の価格下落と投資対象通貨の下落で、スパイラル的に価格が急落する可能性がある。

しかも「為替プレミアム」の利益は確定したものではなく、為替の変動次第では実質的に消えてしまうことが、時には販売窓口の担当者自身にも十分理解されないまま売られ続けている(通貨選択型投信の仕組みは、別のシリーズでいずれ詳しく説明します)。

Y子さんのように投資の経験が少ない人にこうした商品を紹介する銀行に僕は少し驚いた。そして「資金の一部でなら、そうした商品を買うのはいいかもしれないが、資金の中心は国内外の株や債券に幅広く分散して長期的に資産を増やしていくのが運用のセオリー」であることを説明した。

彼女に示したのは、例えばグラフAのようなデータだ(いずれも株式は配当込みの指数)。よく知られているように、日本株は1989年末をピークに長い低迷が続いている。このため「長期投資といったって、結局、報われなかったじゃないか」と多くの人が感じるようになった。

しかし、重要なのは長期と分散を組み合わせることだ。グラフAで示したように、例えば日本株、海外株、日本債券、海外債券の4資産に均等に分散して投資した場合、資産は過去30年で約6倍に増えている。このシリーズの1回目で示したように、1989年末のバブルのピークに投資を始めたとしても、リーマンショックを経た後も約8割の上昇だ(海外株などへの投資は低コストの投資信託などが適している。具体的な商品は次回に紹介します)。

ただしグラフBで分かるように、4資産均等投資でも1年間だけでみれば、資産はかなり変動する。一方、グラフBの赤い線は、それぞれの時点まで4資産均等投資で10年間持ち続けた場合の、年平均の騰落率。時期によって変動はあるが、平均で6%超上昇している。注目すべきは、グラフの右の方の部分。例えば2009年末までの10年間では年平均1.7%の上昇だった。

これまでに比べると大幅にダウンしていて、リーマンショックの深刻さがわかる。しかし見方を変えると、分散して長期で持っていれば「100年に一度」と言われた金融危機を経てもプラスを維持できたということだ。分散して10年持っていた場合、集計対象期間では一度もマイナスになっていない。

もちろん09年までのように年平均1.7%しか上がらない状況が今後も続くのであれば問題だが、グラフBの1年保有のケースを見ると騰落率は最近、急上昇に転じている。この状況が続くなら、時間がたてば再び10年保有の年平均の利益も大きくなっていくことが期待される。

グラフCは分散して10年保有した場合、それぞれの時期までで何倍になったかを示したもの。平均では1.9倍だ。時期にかかわらず一度もマイナスになっていないことを考えれば、個人が資産運用で目指す目標としては十分ではないだろうか。

ではこうした利回りを前提に積み立てで投資をしていった場合、資産はどれくらい増えるのだろうか。グラフDは年平均4%程度の利回りが続くと想定して毎月4万円ずつ積立投資した場合の結果だ。過去の10年保有の平均利回りは6%超だったが、やや慎重に見て4%という水準で試算してみた。ちなみに公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が想定するこの4資産の期待収益率の平均(昨年6月試算)は約4.4%なので、試算の前提として高過ぎはしないだろう。

例えば30歳で開始して60歳までの30年間でみれば、積立額1440万円に対して、資産は2776万円に増える計算。老後資金として十分役立つだろう。

しかし50歳開始の場合は589万円。積立額480万円に比べれば大きいが、30歳開始に比べれば大幅に見劣りする。早めに資産運用を始めることの大切さが分かる。

もちろんこれはあくまで過去の実績であり、今後もそうなるとは限らない。グラフAで分かるように、4資産均等投資でも1990年代前半のように4~5年は横ばいで推移した時期もある。投資に「絶対はない」のが当然ということだ。それでも10年保有で過去に年平均6%超の利回りが比較的安定的に生み出されてきたことは頭に入れておいてよいのではないだろうか。

ただし重要なのはコスト。金融機関などではこうした分散投資の過去の実績を紹介したうえで、変額年金保険やラップ口座、バランス型投信など様々な金融商品を勧めてくることがある。しかし、その中には年平均のコスト(信託報酬や手数料など)が2~3%前後にも達するものが少なくない。

例えば年平均4%の利回りが期待できても、コストで3%失われてしまえば、資産はあまり増やせない。「長期と分散」に加えて、「低コスト」が重要である理由だ。

次回は、自分が取れるリスクに応じて資産の配分比率をどう変化させるべきか(分散といっても4資産均等である必要はないので)に加えて、分散投信を支える低コストの投資信託の具体例を取り上げる。

実はY子さんには昨年も一度、僕は長期分散投資に関する過去のデータを紹介したことがある。その時は、2007年の投資の失敗がかなりトラウマになっていたようで「それでもやっぱり投資は怖い。さしあたっては、本業の方でがんばろうと思う」と運用再開には踏み切らなかった。

でもフリーアナウンサーという職業柄、「もっと年を取れば仕事が減るかも」(Y子さん)という心配もあり、頭のどこかには投資への関心が残っているのだろう。だからこそ、銀行で投信を勧められたのをきっかけに、再び質問をしてきたようだ。

その結果はどうだったか。この原稿を書くにあたって、実際に投資を始めたか聞いてみたが、答えは「やっぱり、もう少し考えてみる」だった。

もちろん、誰もが投資をすべきとは限らない。Y子さんのように、突然収入が減る可能性がある自営業の場合は、リスクを取らないという選択はむしろ賢明との考え方もできる。だから「せっかく何度も説明したのに」という若干の拍子抜け感はあるものの、Y子さんに投資を強く勧める気は全くない。

しかし国全体で考えた場合は別だ。日銀によると2009年末、現預金の残高は約12兆円増え、過去最高の803兆円強にも膨らんだ。「景気の先行きに自信が持てないため、個人の生活防衛意識が高まっている」と分析されている。

しかし本当にそれでいいのかと不安になってしまう。グラフEは総務省の家計調査による個人の1カ月の可処分所得の推移だ。ここ10年で月に約5万6000円も減っている。

可処分所得というのは、収入から税金や年金保険料など「非消費支出」を引いて計算する。ここ10年で収入そのものが大きく減ったが、普通は収入が大きく減れば税金など非消費支出も大きく減る。しかし国の財政は厳しく、この間に定率減税の廃止や年金保険料の引き上げなどで非消費支出はほとんど減らなかった。この結果、収入減とほぼ連動して可処分所得も減ってしまったわけだ。

コストの安い新興諸国との競争が激しさを増していて、企業は今後も労働者への配分を増やしづらいと思われる。一方で国の財政が極度に悪化している中、税金や年金保険料は今後も上昇しそうだ。つまり可処分所得は今後も、急には回復しない可能性が高い。

まじめに働いてさえいればそれだけで十分な収入が得られる時代は過ぎ去り、多くの人にとって、運用でお金を増やしていくことが本当は必要になっているのではないだろうか。

つまり「資産運用にきちんと向き合わない」ことが許されるのは、もはや、今後も収入が上昇を続ける一握りの人だけに許された「一種のぜいたく」とすら言える状況になり始めている。しかしそれがほとんどの人に気づかれないままになっている危うさが、拡大を続ける現預金の増加に現れている気がする。

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