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長嶋茂雄 「ひらめき」の裏にあった前夜の素振り
スポーツライター 浜田昭八

(2/2ページ)
2010/4/18 7:00
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打席からマウンドの星野仙一に「センちゃん、さあいらっしゃい」と挑発したことがあった。それがあって、気合とひらめきで打っていると見られた。だが、対戦予想投手の配球をつぶやきながら続ける前夜のバットスイングは、だれよりも熱心だったとチームメートは証言した。

変化に富む打撃フォーム

1本足でピタリと決める王と違い、長嶋の打撃フォームは変化に富んでいた。バットをグリップの中でぐるぐると回しながらタイミングをとり、へっぴり腰でアウトステップする打ち方をよく見せた。それでいて、ミートの瞬間は腰を入れ、体は開かなかった。

死球になっても仕方がないというワイルドな攻め方をよくされた。それと、落ちる球全盛に対応するために編み出した打法。鋭い反射神経と相まって、崩れているようで打撃の基本をはずしていない長嶋打法が光った。

しかし、大打者にも老化の波は容赦なく迫る。35歳を過ぎるころから故障に悩まされるようになった。主なところで右足肉離れ、頭部死球、右薬指骨折。球団は南海とのトレードで、富田勝を長嶋のバックアップ、後継者として獲得した。

「ここ一番」の快打で返礼

引退、監督就任の声が上がってからの抵抗はすさまじかった。練習の激しさと量は変わらず、若い富田が恐れをなしたほど。王敬遠、長嶋と勝負のケースも増えたが、しばしば「ここ一番」の快打で返礼した。

だが、燃える男も74年についに燃え尽き、監督に就任した。このとき38歳。「わが巨人軍は永久に不滅」の引退あいさつは有名だが、その後に語った「打撃は未熟のままで終わった。この道に完結はない」が、強く印象に残っている。

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ながしま・しげお 1936年千葉県出身。58年立大から巨人入りして新人王。74年まで実働17年、通算打率3割5厘、444ホーマー、1522打点。首位打者6回、本塁打王2回、打点王2回。MVP5回。75年-80年、93年―2001年に巨人監督。セ・リーグ優勝5回、日本一2回。

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