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「伝統の力」が生んだ鹿島の3連覇
サッカージャーナリスト 大住良之

2009/12/10 7:00
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2009シーズンのJリーグは鹿島アントラーズの3季連続、通算7回目の優勝で幕を閉じた。17シーズンのJリーグで2連覇は07、08年の鹿島を含め4回あったが、3連覇は初めてのこと。今回は鹿島の09シーズンを振り返ってみよう。

苦しみ抜いての「3連覇」

「3連覇」といっても、圧倒的な強さで成し遂げられたものではない。最初の年、07年は首位を独走していた浦和レッズの急ブレーキによって、最終節に逆転で優勝したものだった。11月中旬にAFCチャンピオンズリーグ(ACL)で日本勢として初優勝を飾った浦和は、そこで疲労困ぱいしてしまい、最終節には最下位の横浜FCに敗れて鹿島にひっくり返されてしまった。

08年はACL出場でシーズン序盤に苦しい戦いだったが、終盤の第28節に首位に立つと、あとは2位、3位チームの不安定な成績に助けられて連覇を達成した。そして今季も、シーズン後半に大スランプに陥り、8月下旬から5連敗して首位を譲るという苦しみを味わいながらの優勝だった。

5連敗で首位陥落

シーズン折り返しの第17節(7月12日)を終わった時点で、鹿島は13勝3分け1敗という圧倒的な成績で首位を独走していた。2位浦和に勝ち点で8点差、3位アルビレックス新潟と最終的に優勝争いのライバルとなった4位川崎フロンターレには、10点もの差をつけていた。鹿島は6月下旬にACL敗退が決まり、シーズン後半はJリーグだけに集中できる状態にあったのだ。

ところが、第19節(7月25日)から「どん底」状態が始まる。ホームで柏レイソルと1-1で引き分け、第20節(8月1日)にはアウェーでサンフレッチェ広島に0-1で敗れる。第21節(8月15日)にはホームで大分トリニータを1-0で下して後半戦初勝利を挙げたが、第22節(8月19日)にはアウェーでヴィッセル神戸に0-1で敗戦。第23節(8月23日)こそホームでFC東京に3-1で勝ったものの、それ以後、大宮アルディージャに1-3、横浜F・マリノスに1-2、名古屋グランパスに1-4、新潟に0-1、川崎に2-3と5連敗、首位から陥落してしまったのだ。

過去2シーズンの疲労の蓄積

この「どん底」の主因は、今季というより、過去2シーズンの疲労の蓄積だったと私は考えている。07年の時点で鹿島の戦力は「豊富」とは言い難かった。ベストの布陣がそろったときは強いが、故障者や出場停止が重なると、とたんに力を失ってしまう。08年も多少の補強はあったものの、同じような状況だった。そしてそれは今季も変わらなかった。

一昨年途中にイタリア(メッシーナ)からMF小笠原満男が戻り、昨季途中にはスイスのバーゼルからMF中田浩二が戻ってきた。とはいえ、「選手層の薄さ」という鹿島の「アキレス腱」は同じ状況のままだった。

その少ないメンバーで戦い抜いてきたのだ。体力的にも精神的にも疲労が蓄積し、頑張っているのに結果がついてこない。5連敗はそういった感じのものだった。

「伝統の力」

鹿島のシステムは「4-2-2-2」。互いにカバーし合う4人のDFライン、運動量と守備力を誇る2人のボランチ、タッチライン際のポジションから幅広く動いてチャンスをつくり、自ら得点にからむ2人の攻撃的MF、そして相手のスキを一瞬も逃さない2人のFW。信じがたいことだが、そのサッカーのスタイルは「鹿島アントラーズ」というチームがスタートを切った1992年から18シーズンも変わることなく続いているのだ。

「鹿島には明確な哲学がある」と浦和のフィンケ監督は称賛の言葉を贈る。サッカーのスタイルとともに、どんな状況でも全力を尽くしてチームの勝利のために戦い抜くメンタリティーが、鹿島の全選手に備わっている。キャプテンの小笠原は、それを「伝統の力」と表現する。

最終節、前半の劣勢

優勝を決めた第34節(12月5日)の浦和戦は、鹿島にとって決して簡単な試合ではなかった。5万人を超す大観衆で埋まったアウェーでの戦い。優勝争いにも、降格争いにも絡まず、順位面でまったくプレッシャーのない浦和が果敢な攻撃に出てくることは目に見えていた。

そういった中で、鹿島は勝たなければならなかった。もし勝ち点3を逃し、ライバルの川崎が勝てば、鹿島の3連覇は手の中からこぼれ落ちる状況にあったのだ。

実際、試合は予想どおりの展開になった。前半、浦和は今季最高と言っていいサッカーを見せ、鹿島を自陣に押し込めた。鹿島はその劣勢をなんとか0-0でしのいで前半を終了したものの、同時刻にキックオフされたライバルの川崎は柏に3-0と大量リードし、このまま試合が終われば川崎の逆転優勝となっていたのだ。

研ぎ澄まされたカウンター

だが、圧倒的な浦和ペースと見える展開の中で、私は「これは鹿島のペースでもある」と感じていた。粘り強い守備で相手の攻撃に耐えながら、鹿島は研ぎ澄まされたカウンターアタックで決定的なゴールを奪うすべを心得ているからだ。

そして後半21分、その瞬間がきた。右タッチラインに開いたDF内田篤人がボールを持った瞬間、ペナルティーエリア内でFW興梠慎三が右のポスト前を指さしながら猛然とダッシュした。マークが一瞬遅れる。その瞬間、内田の右足から鋭いライナーのボールが送り出された。ワンバウンドしたボールは、試合前からの雨に濡れたピッチで急激に伸びてニアポスト前にはいる。興梠は、走り込んだスピードを落とさずに宙に舞い、鮮やかなダイビングヘッドで浦和のゴールネットを揺らした。

残り時間は25分近くあった。浦和はすべてをかけて攻撃に転じた。DF闘莉王が最前線に上がり、なんとか鹿島ゴールをこじ開けようとした。しかし、鹿島の選手たちはそれを冷静にはね返し続けた。

「目の前の試合に集中する」

「きょうの試合にあたって強調したのは平常心だった」と試合後、オリベイラ監督は振り返った。「よりよい判断、よりよい動きをするために必要なのが平常心だからだ」

前半を0-0で折り返しても、鹿島の選手には全く焦りの色が見えなかった。「先制点が勝負」だというオリベイラ監督の言葉そのままに、目の前のゲームに集中し、ボールをもったら攻撃を、そして失ったら守備を繰り返した。川崎が3-0で勝っているという途中経過は、選手たちはもちろん、オリベイラ監督にも伝えられなかった。監督が伝えることを禁じたからだ。

「目の前の試合だけに集中する」と語ることはできても、この状況で実行するのは簡単なことではない。だが、それを鹿島の選手たちはまるで10年間もこんな試合をやってきたかのようにやってのけた。

2位になった川崎、3位のガンバ大阪など、戦力、得点力、サッカーの質などで鹿島に勝るとも劣らないチームは現在のJリーグにいくつもある。だが、選手層の薄さを含めたあらゆるハンディを、鹿島は伝統のスタイルに支えられた精神力で乗り越えた。精神力だけで取ったタイトルではない。だが、それなくしてはJリーグ史上初の「3連覇」はなかっただろう。

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