iPS医療「研究所から病院へ」 創薬応用も加速

2016/6/6 21:00
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iPS細胞を使う目の難病の臨床研究について、記者会見に臨む(左から)大阪大学の澤芳樹教授、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダー(6日午後、神戸市中央区)

iPS細胞を使う目の難病の臨床研究について、記者会見に臨む(左から)大阪大学の澤芳樹教授、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダー(6日午後、神戸市中央区)

 理化学研究所などは6日、iPS細胞を使って目の難病治療を目指す臨床研究を再開すると発表した。京都大学があらかじめ備蓄しておいたiPS細胞から網膜の細胞を育て、患者に移植する。患者自身の細胞を使う方式に比べ、治療の費用を約5分の1の数百万円に抑えられ、治療期間も最短で1カ月程度に縮められるという。

■iPS細胞とは

皮膚などの細胞に特定の遺伝子を入れて作る。受精卵のように体のさまざまな細胞や組織に成長できる「万能性」を持つ。病気やケガで失われた身体機能を回復させる再生医療への活用が期待されている。iPS細胞は、人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell)の略。

京都大学の山中伸弥教授が2006年8月にマウスで初めて作製し、07年11月に人での作製に成功したと発表した。山中教授は12年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。

患者自身の細胞から作れば、従来の臓器移植に比べて拒絶反応が起こりにくい。同じ万能細胞である胚性幹細胞(ES細胞)は受精卵を壊して作るために倫理的な問題が生じるが、iPS細胞は皮膚などの細胞を使うため心配は少ない。体内に移植した後にがん化する恐れが指摘され、がんができやすいマウスに移植したり遺伝子の働きを詳しく調べたりして、安全性の確認が必要だ。

iPS細胞 「万能性」保有、がん化リスクも(2014年9月13日)

病気やケガなどで機能を損なった臓器や組織を修復する最先端の治療である再生医療の切り札として、日本政府は財政面や法制面から支援している。14年秋には医薬品医療機器法(旧薬事法)を施行、再生医療の規制緩和を世界に先駆けて導入した。

iPS細胞 再生医療の切り札(2015年3月21日)

■安全基準策定

日本再生医療学会は各研究機関が取り組む臨床研究の結果が分かるデータベースを年内をめどに公開する。治療効果や副作用を他の研究者や企業などが把握しやすくする狙い。臨床試験(治験)へ円滑につなげ、iPS細胞などを使う再生医療の実用化や普及を促す。

再生医療の臨床研究、データベース公開へ 年内めどに学会(5月16日)

厚生労働省の研究班は5月27日、iPS細胞から作った神経細胞などを臨床研究のため患者に投与する際の安全性の評価基準を策定した。iPS細胞を使う再生医療は2014年に初の臨床研究が実施されたが、安全基準がなく足踏みしていた。

臨床研究ではiPS細胞から治療用の細胞を作って患者に移植する。安全基準では、細胞のがんに関連する遺伝子や染色体を調べ、異常がないものを使うのが望ましいとした。ただ異常があっても、リスクを上回る利益があるとみられるときは許容され得るとした。また投与前に細胞をマウスなどに移植し、がんができないことなどを確認するよう求めた。

14年9月には理化学研究所などが目の難病の患者のiPS細胞から網膜の細胞を作り、本人の目に移植する初の臨床研究を実施した。しかし2例目の患者向けに作ったiPS細胞はがん遺伝子に異常はなかったが、それ以外の遺伝子に複数の異常が見つかり、移植を見送った経緯がある。このため何をどこまで確認すれば安全性が確認されたと言えるのか、基準の必要性が指摘されていた。

iPS移植に安全基準 厚労省、臨床研究前進へ(5月27日)

iPS細胞の基礎技術から応用までをつかさどる京都大学iPS細胞研究所(京都市)

iPS細胞の基礎技術から応用までをつかさどる京都大学iPS細胞研究所(京都市)

■臨床研究を再開

6日に理研と京大iPS細胞研究所、大阪大学、神戸市立医療センター中央市民病院が共同で記者会見を開いた。4機関は5月30日付で臨床研究の実施で協力するとの協定書を締結している。臨床研究では「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性」と呼ぶ視力が低下して失明につながる目の難病の症状改善を目指す。複数の患者にiPS細胞から作った網膜色素上皮と呼ぶ細胞のシートを移植する計画だ。

今回の臨床研究では、遺伝子の変異などを確認済みの備蓄細胞を京大が提供し、安全性を担保する。阪大と中央市民病院が移植手術や診察を担う。

高橋プロジェクトリーダーは会見で「備蓄細胞のほか、患者自身から作るiPS細胞を使う研究も並行する。シートに加え、懸濁液を使う研究も実施する」と話し、多様な手法で治療を目指す方針を明らかにした。

京大が提供する備蓄細胞を使った細胞や組織の移植については、阪大が心不全や角膜の病気、京大が神経難病のパーキンソン病などで計画している。理研などによる今回の臨床研究が成功すれば、こうした移植計画に弾みがつく。

iPS移植、備蓄細胞使い2例目実施へ 理研・京大など(6月6日)

(山中教授は)「iPS細胞の舞台は研究所から病院へ移行する。第2ステージに入る」と述べ、医療応用に向けて目の難病治療で始まった研究が「(神経難病の)パーキンソン病や血液、軟骨の病気に広がる」と強調。がんや感染症の治療研究にも生かしたいと語った。

iPS医療、第2段階に 山中教授「研究所から病院へ」(3月24日)

インタビューに答える山中伸弥京大教授

インタビューに答える山中伸弥京大教授

■研究の最前線

慶応義塾大学の福田恵一教授らは、あらゆる臓器や組織に育ちやすい高品質なiPS細胞を作る技術を開発した。従来はiPS細胞の半分程度しか他の臓器や組織の細胞にならなかったが、9割以上が変化した。がん化などの危険性が低いiPS細胞の作製につながるという。

慶大、高品質iPS細胞作製 臓器や組織育ちやすく(5月27日)

がんになりにくいことで知られる小動物ハダカデバネズミを使い、さまざまな細胞を作れる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の弱点である「がん化」を防ぐ遺伝子の働きを明らかにしたと、北海道大と慶応大のチームが10日付の英科学誌オンライン版に発表した。

がん化しにくいiPS 北大・慶大、長寿ネズミから作製(5月13日)

医療機器大手の独シーメンスは京都大学と共同で、iPS細胞を使った再生医療向けの画像診断技術の確立に乗り出す。新開発の高精度な装置を用いて、iPS細胞から作った細胞が体内で狙い通り機能しているか、がん化していないかなどを確認する。再生医療の安全確保に不可欠な技術で、3年後をめどに実用化し、再生医療市場で先行する狙いだ。

iPS医療の診断技術、シーメンス・京大が共同研究(4月22日)

慶応義塾大学とロボットベンチャーのサイバーダインは4月18日、iPS細胞を利用した再生医療と医療ロボット「HAL」を組み合わせた、脊髄損傷に対する新たな治療法の開発に乗り出すと発表した。

慶大の岡野栄之教授は2017年夏までに、脊髄を損傷して2~4週の患者にiPS細胞から作った神経幹細胞を移植し、神経の再生を促す臨床試験を計画している。効果が確認されたら、数年後、HALだけでは十分な効果が得られなかった慢性患者に、iPS細胞から作った神経幹細胞を移植したうえでHALで訓練する第2段階の試験を実施する。

iPSとロボで脊髄損傷治療 慶大とサイバーダイン(4月18日)

慶応大医学部とサイバーダインが機能再生治療に活用する「ロボットスーツHAL医療用」(4月18日午後、東京都港区) 
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慶応大医学部とサイバーダインが機能再生治療に活用する「ロボットスーツHAL医療用」(4月18日午後、東京都港区) 

宇宙航空研究開発機構(JAXA)と横浜市立大学は2018年度をめどに、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で、臓器の培養実験を始める。iPS細胞から作った細胞を、重力の影響を受けない環境で大きく育てる。臓器が立体になる仕組みを宇宙で解明し、地上の再生医療で移植用臓器を育てるためのノウハウを得る。

iPSから作った細胞、宇宙で臓器に培養 JAXAなどが実験(3月21日)

京都大学の河本宏教授らは、iPS細胞からがんを攻撃する細胞を作って患者に移植して治療する技術を開発した。がん細胞の表面にある特定の分子を標的にするため、治療効率が高いと期待される。マウスを使った実験で延命効果を確かめており、3年後をメドに、がん患者に投与する医師主導の臨床試験(治験)の実施を目指す。

がんを攻撃する細胞作製 京大、iPSから(3月16日)

協和発酵キリンは京都大学iPS細胞研究所と提携し、体の免疫力を高めてがんを攻撃するがん免疫療法の開発に乗り出した。がんやウイルスを攻撃する「キラーT細胞」をiPS細胞を用いて作製することを目指す。体内にもともとあるキラーT細胞のうち、攻撃力が高いものを選び出し、iPS細胞で作り直す考え。無限に増やせるため、攻撃力を高めることができるという。

協和発酵キリン、再生医療でがん治療 京大iPS研と(2015年12月3日)

ヒトのiPS細胞から高品質な臓器の細胞を育てる手法を、京都大学と大阪大学がそれぞれ開発した。糖尿病治療などへの応用が期待される膵臓(すいぞう)細胞や肝臓細胞で、次世代の再生医療で必要となる本物と遜色ない細胞を簡便・安全に大量作製する道を開く。

iPSから膵臓や肝臓細胞、手軽・高品質に 京大や阪大(3月13日)

大阪大の西田幸二教授らは3月9日、ヒトのiPS細胞で目の発生段階を再現し、本物に近い角膜上皮を作ることに成功したと発表した。角膜の難病を持つ患者に移植する臨床研究を来年度中に申請する計画だ。

iPSで本物に近い角膜 阪大、目の発生段階を再現(3月9日)

順天堂大と慶応大は2月19日、パーキンソン病の患者数千人からiPS細胞を作って保存する「iPS細胞バンク」を整備すると発表した。順天堂大に通院する約130人の血液からiPS細胞を作り始めており、来年から本格化する。iPS細胞を神経細胞に成長させ、パーキンソン病の発症原因の解明や治療薬の開発につなげる。

パーキンソン病解明へ「iPS細胞バンク」整備 順大と慶大(2月19日)

■新薬開発に威力

患者が増えているのに治すのが難しかった認知症やアレルギーの治療薬をiPS細胞を使って開発する取り組みが始まった。iPS細胞から人体の様々な組織を育てる技術が進み、脳や免疫に関わる希少な細胞を作れるようになった。試験管の中で患者の状態を再現すれば、治療効果の高い新薬候補を絞り込める。国民病ともいえる病気への備えが求められるなか、新たな治療法の研究に弾みがつきそうだ。

認知症・花粉症薬をiPSで 医薬基盤研、関係する細胞作製(3月15日)

創薬は再生医療と並ぶiPS細胞の活用法の柱だ。当初は患者数の少ない難病の研究が脚光を浴びたが、数百万人超が患う病気の治療も視野に入ってきた。製薬企業も関心を寄せている。

武田薬品工業は2015年12月、京都大学iPS細胞研究所とiPS細胞を使う創薬などの共同研究を始めたと発表した。京大で心不全や神経難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)などをテーマに掲げる研究者が武田の研究所に常駐。4月以降は、計100人以上に拡充する。

大日本住友製薬も筋肉組織の一部が骨に変わる進行性骨化性線維異形成症(FOP)などのまれな難病の創薬に向けて京大iPS細胞研究所と共同研究を進めている。患者の細胞からiPS細胞を作り、病気が進む過程を解明する。

患者少ない難病で先行 武田や大日本住友、京大と共同研究(3月15日)

医療応用を加速するには、研究資金が不可欠だ。山中教授は「(医療応用の前提となる)国の承認を目指す際は企業と連携し、研究資金を集める」と話した。年間約40億円の政府予算や同5億円程度の寄付金に加え、民間資金の活用に力を入れる。

15年末に共同研究を始めた武田薬品工業とは、10年間で200億円の研究費を拠出してもらう契約を結んだ。すでに成果が出つつあるという。このほか大日本住友製薬とパーキンソン病で、協和発酵キリンとがん免疫療法の研究で組んでいる。

今後の研究では「人の雇用が課題」と述べた。兼務など含め400人超の所員の9割は期限付き雇用だ。そこで寄付金などを活用し、2人の研究者を正規雇用にした。広報や特許業務を担う職員も「室長などコアな人材から正規雇用に切り替えられないか苦労している」と打ち明けた。

12年に2400億円だった再生医療関連の世界市場規模は30年には5.2兆円に拡大する見通し。医療応用で先行しようと国内外で競争が激しくなっている。

iPS医療、第2段階に 山中教授「研究所から病院へ」(3月24日)

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