クボタ、「もっとスピードあげないと」 木股会長の教え
クボタ 世界深耕(7)

クボタは11月、海外事業などをけん引してきた木股昌俊会長が2023年3月で退任すると発表した。14年に社長に就任し、20年に会長となってからは北尾裕一社長と海外企業のM&A(合併・買収)を進めた。スタートアップへの投資や、最先端の研究開発拠点の整備にも取り組んできた。木股会長は「世界のトップに肩を並べるには、もっとスピードを上げないとあかん」と発破をかける。
木股氏は会長兼社長だった益本康男氏の急逝を受け14年7月に社長に就任した。益本氏はクボタの海外展開を急いだ。木股氏も社長就任時の記者会見で「益本が推進してきた経営の基本方針を全面的に受け継いでいく」と話した。
中核の研究開発拠点を決断
「現場オリエンテッドなグローバル経営を目指していきたい」との言葉通り、社長時代には月に10日ほど海外拠点を飛び回った。会長になってからも北尾社長と手分けしながら国内工場を訪れ、現場の従業員を激励した。製造現場ではゆっくりと、暇そうに歩く。従業員が話しかけやすくするためだ。
クボタのグローバル化のため、木股会長が手を打ってきたのが研究開発投資の強化だ。社長に就任した14年から「スマート農業やスマート水道など、先端技術がもっともっと求められる世界へ急速に進みだした」と振り返る。

18年にクボタの世界戦略の中核となる研究開発施設の新設を決めた。22年9月に「グローバル技術研究所(KGIT)」として結実した堺市の施設は投資額約840億円と、クボタの研究開発投資としては過去最大だ。19年には米国にも研究開発拠点の新設を決め、同じく22年4月に稼働した。
木股会長が種をまいたのは自社の研究開発への投資だけではない。「14年当時はベンチャーと一緒に何かをやるという発想はあまり無かった。中期的なテーマだったが、思ったよりも早く来た」(木股会長)。社長としての最終年度となった19年に日本と欧州に「イノベーションセンター」を設置し、スタートアップへの投資や協業による新規事業の創出に踏み切った。
幅広い経験で先を見据える
イノベーションセンターの初代所長に就任したのが北尾氏だ。テスラ共同創業者の1人であるイアン・ライト氏が関わる米スタートアップに出資し、人工知能(AI)を活用した自律運転の農業ロボットの開発を進めている。
木股氏はクボタの基幹工場の一つである筑波工場長や機械営業本部長、調達本部長、タイ現地法人の社長などを務めた幅広い経験を背景に「事業の勘どころをつかんでいる」(吉川正人副社長)。
先を見据えた木股氏の戦略性は研究開発投資の数字にも表れている。社長に就任した15年3月期の研究開発費は395億円だったが、21年12月期には1.7倍の675億円に増えた。売上高に占める研究開発費の比率を見ても、2.5%から3.1%に増加した。25年までの5年間には農機の自動運転や脱炭素などに5000億円を投じる計画だ。
木股氏は23年3月下旬に特別顧問に就任し、クボタの経営を北尾社長に一任する。木股会長は北尾氏の体制について「私が社長在任時に敷いた路線を引き継いでおり、実を結びつつある。信頼がおける体制」と評価する。それでも「世界のトップに並ぶためには、もっとスピードを上げないとあかん。今の取締役も焦っている」と指摘する。

農機で世界首位とされる米ディアの22年10月期の売上高は525億ドル(約7兆2000億円)と、クボタの約3倍に上る。これほどの規模に拡大しても、売上高成長率は2割でクボタと同等だ。純利益は71億ドル(約1兆円)で、実にクボタの5倍以上に達する。内部留保が多ければ、研究開発にかける資金も多くなる。足元では完全自動のトラクターの本格販売を間近に控えているとされ、最新技術を生かした技術力は高い。
ディアはM&Aを通じた新技術の取り込みにも積極的だ。19年にスタートアップと連携する独自のプログラムを始めた。同プログラムに参加していた自動運転技術を手掛ける米ベアフラッグ・ロボティクスを2億5000万ドルで買収した。
さらに22年にはバッテリー技術を開発するオーストリアのクレイセル・エレクトリックを買収している。自動運転や脱炭素など、今後の事業の成否を占う技術への投資の手を緩めない。
ものづくり力低下に危機感
ディアが攻勢をかけるなか、木股会長が北尾社長にかける期待は大きい。折しもクボタは1890年に創業して以来の一大変革期にさしかかっている。海外への急速な展開に加えて、組織も急拡大している。23年4月に入社する新卒者は527人と、22年比で3割増やす予定だ。中途採用も22年に520人と、前年比で6割ほど増員する計画だ。クボタでは新規事業を担うイノベーションセンターから製造現場まで、部門を問わず「人が足りない」との声が上がる。
木股会長は「量を採用しても質が伴っているか」と指摘する。これまでクボタの成長を支えてきたのは主に生え抜き社員だった。どの社員も入社後1カ月程度は各地の工場実習で製造現場のイロハを学び、それぞれの配属先で業務にあたるのが基本だ。
一方、近年急速に入社してくる中途社員は工場実習を経験しない。ある社員は「クボタは泥臭い会社。ものづくり力の低下という懸念はある」と打ち明ける。
クボタは日本を拠点としつつ、米国や中国、タイ、欧州、インドなど世界中で事業を展開している。木股会長は「落ち着きながらやらないと失敗する。きっちり確実に、成長のスピードに合わせて拡大すればいい」と話す。
クボタの22年12月期の連結売上高は2兆6000億円と過去最高を更新する見通しだが、11月に業績予想を下方修正した。連結純利益は一転減益となる1730億円を見込む。新型コロナウイルスに起因するサプライチェーン(供給網)の混乱や物流費の高騰に加え、農機の脱炭素への要請が高まるなど、北尾社長には難しい舵取りが求められている。
益本氏や木股氏の路線を継承しつつ、デジタルトランスフォーメーション(DX)による効率化や革新的な技術への投資など、もう一段の進化も必要になる。
(仲井成志)
=おわり
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