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古書の呼吸によりそって ビジュアルで迫る現場

現場探究

(更新)
100年以上前にリトグラフで刷られた本。糸でとじられたページを慎重に切り離していく(奈良市)=松浦弘昌撮影

奈良市のマンション内の工房は、さながら傷を負った書物を治療する病院のようだ。運び込まれるのは大学図書館などが所蔵する古い書物。とじ糸が切れて背表紙が外れかけたり、表紙の一部が欠けたりと少々くたびれた様子だが、ここで丁寧に修復され、背筋を伸ばした姿を取り戻す。

NPO法人「書物の歴史と保存修復に関する研究会」(同市)の代表理事、板倉正子さんは、日本有数の古書修復の専門家。傷んだ部分を直すだけでなく、元の書物で残せる部分はしっかりと残し、オリジナルの「古色」も尊重する。30年以上前から本場・欧州の修復技術を学び、そこに気候の違いなど日本ならではの条件も加味して独自の手法を追究してきた。

修復される前の書物(写真左)と修復後(同右)

8月半ば。工房では100年以上前のリトグラフの書籍が修復を待っていた。堺市立文化館が所蔵するアールヌーボーの代表的画家、アルフォンス・ミュシャの祈祷(きとう)書「主の祈り」だ。時を重ねても色は鮮やか。だが、装丁にはほころびも目立つ。

作業前にはカルテを作成する。写真を撮って書物の状態を記録し、傷んでいる箇所がどこにあり、どう修復すべきかを書き込む。出版された時代や背景、表紙やとじ方の仕様についても確認する。作成したカルテは約30年間に修復した計約1500冊分に上る。

修復する前の状態や修復内容を詳細に記録したカルテ

修復の方針が定まると、まず表紙と本体を丁寧に分離する。のり付けをはがす際には医療用のへらなども活用。使う道具は多彩で、作業者のアイデア、工夫次第だ。長い年月が書物に残した汚れは刷毛(はけ)や消しゴムを使って落とす。「紙は呼吸しており、繊維の間にホコリが入り込んでいることもある」

本の修復に使う様々な道具
表紙がなめらかにつながるように、とじた本を締め付ける器具

古書の傷みは特に背表紙や表・裏の表紙に多い。一部が欠けたり色がはげ落ちたりした箇所には、その材質に合う皮革や紙を当てて補修する。ただ、古書そのものが一つの作品。直した箇所が目立ってはいけない。欠損の形状、周囲の色や風合いを考え、皮革のサイズや色を調整する作業にはかなり神経を使う。

色や風合いなどを考えて修復に使う革を決める
革用の塗料で色を調合し、擦り切れた部分を補修していく

接着が必要な箇所に使うのは、デンプンのりなどの天然素材。細かな補修はもちろん、本体をとじ直し、表紙を付けて修復を終えるまで、古書修復には欠かせないものだ。

「添加物が入ったのりは時間がたつと変色する。障子張りで使うのりのように、きれいにはがせる『可逆性』が大事」とこだわりは強い。自家製のデンプンのりは、京表具の職人が用いるのりの製法を参考に、湿度の高い日本の気候に合うよう工夫している。

板倉さんは1988年にスイスの書物修復学校に留学して以来、海外の専門家とも交流しながら技術を高めてきた。日本国内でも修復技術を広めようと、図書修理マイスター養成講座を開くなど、同志を増やす種まきを続けている。

板倉さんが監修した図書の修理についての本(左)。右は同じ内容の本を、自分で製本できるセット

2017年、本の構造から学べる指南書「図書の修理とらの巻」をクラウドファンディングで製作し、19年に続編も発行。新型コロナウイルス下でも歩みを止めず、6月には遠方からでも受講できるオンライン講座を始めた。板倉さんは「書物は貴重な歴史資産。きちんと後世に伝えていきたい」と語る。(影井幹夫)

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