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手彫り高精度、信頼刻む新500円 ビジュアルで迫る現場

現場探究

(更新)

桜の通り抜けで親しまれる造幣局(大阪市)。3階の装金極印課で、技能長の松本和彦さんが顕微鏡をのぞき、桐(きり)の葉が描かれた金属製の印に先のとがった工具を押し当てる。図柄に沿って工具をかきあげるようにわずかに動かし、刃先についた金属片を指で拭っては印の向きを変える。息を止めるようにして工具を再び近づけた。

2週間ほどで完成するのが、2021年11月発行の新500円硬貨の原型といえる種印だ。種印の図柄を転写して極印(こくいん)を作り、無地の円形の金属を極印でプレス加工して、硬貨はできあがる。

新500円はデザインの追加で旧500円より桐の模様が数%小さくなり、「難易度が上がった」と松本さんは話す。硬貨の種印は4人で手掛け、年号がある裏面は硬貨ごとに年に1個、表も100円や500円はよく使い摩耗するため1~2個作る。

種印の図柄はまず機械である程度加工する。だが、刃物が十分に届かず、そのまま硬貨を造ると不鮮明な図柄や丸みを帯びた文字になる。模様のふちの角度を際立たせるなど、図柄や文字を手でシャープに仕上げる。見栄えだけではなく、偽造を見破りやすくなる技術力の源泉ともいえる。

現場トップで親方と呼ばれるのが作業長の土堤内靖さん。「かつてナノ(ナノは10億分の1)メートルレベルの加工ができる機械を導入したが、人手にかなわなかった」という。

修業の道は険しい。まずは工具の製作から始まる。円柱の細長い鋼材を機械で粗削りした後、砥石で先端を整える。人によって作業しやすい手の角度や姿勢は異なるため他人の工具ではうまく作業ができない。松本さんは約50本、土堤内さんは100本程度の工具を駆使する。

機械が加工した溝を滑らかに整える工程や、勲章のデザインに多いV字の鋭角を際立たせる作業などを経て、ようやく文字を扱える。自らを不器用と語る松本さんは「10年たって貨幣にさわれた」。貨幣により難易度は異なり、平等院鳳凰堂を精緻に描く10円硬貨は20年以上の経験が必要だ。

土堤内さんが若い時は「目で見て盗め」という文化で、勝手に練習をしたら怒られた。だが、今は違う。空き時間に、曲線や直線、自分の名前を材質の異なる金属板に彫るように勧め、習熟度合いに応じ次の訓練を上司が提案。本人の希望を聞き、手先が器用な人が集まるようにもなり、5~6年で貨幣の作業に到達するケースもある。

造幣局は1871年の設立で、香港造幣局から機械一式を購入した。一方、貨幣の見本は明治天皇の太刀の金具を彫刻した加納夏雄が手掛けたところ、海外品より優れ外国人技術者も驚嘆したという。その後、国内の種印製造は現在まで日本人の技術力が支えてきた。

機械の加工精度は飛躍的に向上しているが「日本貨幣の信頼は人の手が加わって完成するもの」(土堤内さん)との思いは変わらない。150年にわたって受け継いだ技術と信念は、次世代にも確かに伝わっている。

(中谷庄吾)

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