クボタ、新事業は社長にプレゼン 農機シェアなど挑戦
クボタ 世界深耕(6)

クボタが新規事業の開発に力を入れている。国内外のスタートアップへの出資も担う2019年設立のイノベーションセンターが主体となり、農機のシェアリングサービスやハウス栽培の自動化などの事業に取り組む。新たなアイデアの実現には担当者が直接、北尾裕一社長にプレゼンテーションする。10年後のクボタの柱となる事業を生み出すべく、社長直下で新規事業の開発を急ぐ。
「トラクターがあれば1時間もかからずに作業できる」。20年に茨城県で新規就農した坂本一信さんは掘り起こしたばかりのサツマイモを手にこう話す。サツマイモはスコップで掘ると何時間もかかってしまう上に重労働だ。しかしトラクターは高額で、装着する専用の農機具と合わせて初期投資が300万円ほどもかかる。
全国7拠点で農機シェア
そこで坂本さんが利用したのが農機のシェアリングサービスだ。使いたい時にアプリでトラクターを予約し、1時間だけ使って返却する。料金は燃料代込みで2200円だ。このサービスを開発したのがクボタだ。
従来、半日から丸1日のトラクター貸し出しサービスはあったが、料金が数万円と高額だった。トラクターの購入よりは安いが、新規就農を阻む高額な初期投資という課題解決につながっていなかった。クボタが始めた時間貸しサービスは、同社がトラクターを保有し、近隣の農家が自由に予約して使える仕組みだ。
現在は茨城県つくばみらい市に加え、神戸市や大分県竹田市など全国7拠点でサービスを提供する。今後も需要に応じて対象地域を拡大する考えだ。担当するイノベーションセンターの千葉翔太課長は「クボタが今後も成長するためには新規就農者を増やす必要がある」と話し、農機シェアで農業を始めるハードルを下げようと意気込む。

「イノベーションセンターは10年先のクボタの事業の柱をつくるのが目標だ」。新規事業を担うビジネスインキュベーション部の辻村克志部長はこう話す。スタートアップへの出資もしながら、クボタの資産を生かして新規事業を創出する役割がある。
イノベーションセンターの源流は益本康男社長時代の2010年に創設した戦略企画室に遡る。14年に益本氏が急逝し木股昌俊氏が社長に就任してからはいったん下火になったが、19年にイノベーションセンターを設立したことで新規事業熱が再燃した。当初はクボタ内の他の事業部門との兼務者も含めて20人程度の組織だったが、22年には3倍の60人規模に増えた。1人1つ以上の新規事業を手掛けており、クボタの次なる柱を必死に探す。
イノベーションセンターは社長直轄の組織で、経営陣との距離が近い。1年に2度、北尾社長や吉川正人副社長、イノベーションセンターの幹部らが出席する通称「ステアリングコミッティ」が開かれる。新規事業を説明する際には考案者が自ら北尾社長らの前に立つ。
「とにかくバットを振れ」
「なぜクボタがやるのか」「どんな意義があるのか」「ほんまにできんの?」。ステアリングコミッティでは北尾社長らから次々と質問が飛ぶ。若手にとっては経営陣と対話するチャンスで、この関門を越えれば新規事業に挑戦できる。
事業には黒字化までの年数などの定量的な目標は設けていない。辻村部長は「黒字化の目標を置いてしまうと、小さなヒット狙いになってしまう。2兆円企業のクボタで10億円の事業をやっても意味がない。100億円以上になる事業を作りたい」と話す。「打席数を増やしてとにかくバットを振れ」。北尾社長がよくイノベーションセンターの社員にかける言葉だ。リスクをかけて新規事業を次々に試し、ホームランを狙う。

ホームラン候補の一つがハウス栽培の自動化だ。群馬県にあるクボタの試験農場「インキュベーションファーム」。クボタやスタートアップなど8社が集い、アスパラやトマト栽培を自動化する取り組みが進む。
これらの施設園芸はトラクターなどの機械が不要で新規就農のハードルが低いが、水や肥料の管理が大変で挫折する農家も多い。クボタは各社のサービスを一つのシステムに統合し、農家に提供する構想を描く。
05年設立のルートレック・ネットワークス(川崎市)は土壌センサーと日照センサーから得られた情報をもとに、人工知能(AI)が水や肥料の量を自動で調整するシステムの実証に取り組む。
18年に設立のレグミン(埼玉県深谷市)はカメラやセンサーを駆使しながら、自動で農薬を散布する電動ロボットを動かしている。イノベーションセンターの萩本誠晃課長は「クボタの役割は場づくり。各サービス単独では農家さんの課題を解決できないが、クボタがすり合わせることで解決できる」と話す。
試験農場など実証実験の場を確保することが難しいスタートアップにとっても、クボタの存在が役に立っている。ルートレックの佐々木伸一代表は「PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルが早くなる」と話す。
中途入社組が7割
クボタ自身もインキュベーションファームでサービス開発に励む。トマトの茎の太さや葉っぱの色など生育情報を音声で入力できるアプリを開発した。従来はノートなどに手書きで記入し、作業後にパソコンで打ち込んでいた。音声入力に切り替えることで作業時間を5分の1に短縮できると見込む。

インキュベーションファームに参画するクボタ系の販売会社、関東甲信クボタの冠康夫社長は「トラクターやコンバインだけではなく、施設園芸がクボタの一つの武器になる」と意気込む。
イノベーションセンターの働く環境はスタートアップそのものだ。19年の設立前は大阪市の難波駅近くにあるクボタ本社内に拠点を置く考えもあったが、スタートアップが数多く入居する大阪駅前の高層ビルにオフィスを構えた。辻村部長は「本社の応接室だと来客はかしこまってしまう。社外ともカジュアルに交流できる環境が新規事業には必要」と狙いを話す。時には北尾社長が立ち寄り、社員と交流することもある。
イノベーションセンターで新規事業を担うのは30代の中途入社の社員が多い。これまでのクボタには無かった発想が求められるためだ。国内で働く社員のうち、実に7割が中途社員だ。辻村部長もシャープを経て13年にクボタに入社し、新規事業の企画に携わってきた。23年にはクボタの新入社員を配属することも検討しており、若手社員の発想力に期待がかかる。
とはいえ設立から3年、事業化に成功したホームランはまだゼロ。新規事業部門は結果がすべてだ。売上高2兆円を誇るクボタのイノベーションセンターにはスタートアップの生死を分ける資金面での不安がないことから、スピードも遅くなりがちだ。豊富な資金やノウハウを生かしつつ、新規事業を次々と生み出すスピード感を備えることで、刻々と変化する市場の要求に対応できる体制整備が求められる。
(仲井成志)
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