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新日鉄バレー部の遺伝子守った心意気 小田勝美さん

関西のミカタ 堺ブレイザーズ顧問

■企業スポーツ暗黒の時代だった2000年、新日鉄バレーボール部を前身とした堺ブレイザーズがスタートした。小田勝美さん(69)が東奔西走の末に立ち上げた、バレーボール・Vリーグ男子では初のクラブチームだ。

バブル崩壊後は企業スポーツにとって厳しい時代だった。鉄鋼業でも、日本鋼管、日新製鋼、住友金属のバレー部がバタバタとつぶれた。

新日鉄も全国の製鉄所にあった部の縮小を、株式会社ブレイザーズスポーツクラブ(BSC)発足の2年ほど前から進めていた。不況下でチームを保有することは難しく、「所有から支援」への方針転換だった。それでも感謝しているのは「社の財産であり、地域貢献であり、スポーツ文化の支援である」と、即廃部にはならなかったことだ。存続できる道を残してくれたから、生き残ることができた。

■名門バレー部の命運を背負って、スポンサー探しに奔走。そこで触れたのは大阪の人たちの優しさ、おおらかさだった。

バレー部副部長だった私が、まずイメージしたのは地域密着を掲げていたJリーグ、そして欧州にある総合スポーツクラブだった。運営ノウハウを学ぶため、地元のガンバ大阪やセレッソ大阪のほか、水戸ホーリーホックにも話を聞きに行った。総合スポーツクラブとして成功していた愛知県の成岩(ならわ)スポーツクラブにも足を運んだ。

運営費用には、スポンサーからの出資とファンクラブ会員の会費、ホームゲームからの収益を3本柱とした。堺市には小中学校でのバレー教室を提案した。それもボランティアではやれないと、お金をもらってやらせてもらった。

BSC設立は00年12月5日。すぐに大阪人の温かさを体感した。記者会見からまもなく、東大阪市で工場を営む長倉貞雄社長が100万円を支援してくれた。電話をしてみると「小田ちゃんのやることに俺は賛同する。その心意気に協力したい」。いきなりのちゃん付けにはびっくりしたが、関西の人だな、ありがたいなと感じた。その後約140社のスポンサーが集まった。半分は新日鉄関連だが、あとはそれまで縁のなかった会社だ。

飛び込み営業に行くと、必ず聞かれたのが「出資のメリットは?」。僕の答えは「お布施と思ってくれ」。これを怒らずに笑ってくれるのが関西人。東京なら相手にされなかったと思う。堺市医師会や歯科医師会にお願いしてBSCのパンフレットを置かせてもらった。大変だったが、面白かった。

■現在は日本バレーボール協会の仕事に専念しており、BSCには顧問の肩書があるだけだが、古巣を思う気持ちは強い。

選手には、バレー教室に試合後のサイン会、グッズ売り場にも行かせた。「なんで俺が」と思った選手もいただろうが、そういう小さいことをやり続けられるかが大事。ファンはちゃんと見ている。そういう人たちの会費に支えられていることを忘れてはいけない。

会員の引き留めにも知恵を働かせた。更新時期が来ると案内状を送るが、そこに必ず一筆加えた。月に400、500通、全部直筆で。15年間続けた。「あれではやめられないよ」という人もいたから、効果はあったのだろう。

BSCが生まれて20年以上。ホームゲームの数も増え、バレー部のない学校に通う中学生のためのジュニアブレイザーズの活動も定着した。そうやって地域に根付いていけば企業の考え方だけではつぶせなくなる。その枠組みはつくれたのかなと思う。あとは強いブレイザーズ復活かな。最後の優勝から8年。やっぱり王者新日鉄は強くないと。

(聞き手は土田昌隆)

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