クボタ、脱「自前主義」 独自決裁でスタートアップ出資
クボタ 世界深耕(5)

クボタがスタートアップへの出資や連携を深めている。新技術は従来、自社開発が基本だったが、他社が持つ人工知能(AI)やロボットなどの技術を新製品開発に生かす。2019年に社長直下の専門組織を新設し、独自決裁で世界中のスタートアップに出資できるようになった。オープンイノベーションを推進して、変化が速い市場に対応する。
クボタは11月、AIで果物や野菜の品質検査を自動化するサービスを手掛けるイスラエルのスタートアップ、クラリフルーツに出資した。専用アプリで収穫物を撮影すると、大きさや色などの品質を判定する。データはクラウド上に保存され、卸や小売業者にも共有できるのが特徴だ。
所長判断で投資即決
クボタは畑や果樹園などで活躍するトラクターをはじめ主に農機を開発している。顧客である農家にとって、収穫物の品質管理は「川下」にあたる。販売会社を通じて世界中の農家と接点を持つクボタが、川下のサービスを提供できるようになれば農家にとってのメリットは大きい。
クボタがこうしたスタートアップへの出資に力を入れ始めたのは19年6月、木股昌俊会長(当時社長)の肝いりで国内に「イノベーションセンター」を設立したことが大きい。目的はクボタの主力事業である農機や建機において、新しい製品やサービスを開発することだ。
特長は独自決裁でスタートアップに出資できる点にある。トップであるイノベーションセンター所長の判断で出資することで、スタートアップのスピード感に合わせる。当初の予算は50億円だったが、さらに投資を加速するため80億円に増額した。
さらに欧州を統括するオランダと、クボタにとって最大市場の一つである米国にもイノベーションセンターの担当者を置いた。オランダからはイスラエル、米国ではシリコンバレー企業を主にターゲットとしており、出資を通じてスタートアップの一大集積地で存在感を高めている。

新技術へのクボタの対応は3段構えだ。まずは農機など既存の事業部門。日々の製品開発の中で新機能を試すほか、親和性の高い企業には出資やM&A(合併・買収)を仕掛ける。次に研究開発本部だ。約840億円を投じて堺市に新設した「グローバル技術研究所」が9月に稼働した。米国や欧州、タイにも研究開発施設を構えており、自動運転や脱炭素にも対応する。
スマート農業革命が後押し
そして3つ目がイノベーションセンターによるスタートアップ出資だ。19年に出資したイチゴ収穫ロボットを開発する米アドバンスド・ファーム・テクノロジーズを皮切りに、これまで14社に出資してきた。初代所長に就任したのは北尾裕一・現社長で、当初は自らスタートアップとの交渉の席に立った。北尾社長は「これからもさらに投資していく必要がある」と話す。
なぜクボタがスタートアップ出資に前のめりになっているのか。背景には市場環境の変化がある。北尾社長の後任で2代目所長に就任した渡辺大・専務執行役員は「スマート農業革命が起こっている」と説明する。農業は国内外で担い手不足が深刻化しており、IT(情報技術)を用いた効率化が急務になっている。今後はAIを用いた自動運転に加え、肥料や水、収穫量や天候などを集約したビッグデータを用いた自動栽培技術が必要になる。
「もともとクボタの技術開発は自前主義だった。自前で開発し『素晴らしい』と思っていても、実際に発売してみると既に陳腐化していた事例もあった」。渡辺所長は過去の新規事業開発をこう振り返る。インターネットの急速な普及で膨大なデータが発生したことで、クボタが得意とする機械以外の知見が必要になった。そこで「クボタが持っていない技術、事業をサーチする」(渡辺所長)ために専門組織を設けた。
最大手のディアを追いかけ
クボタのライバルで、農機世界最大手の米ディアは先行する。くしくもクボタがイノベーションセンターを設置した19年、ディアは「スタートアップ・コラボレーター」というプログラムを新設した。毎年5社程度のスタートアップを選定し、1年間にわたって農家や販売会社向けのサービスを実験する。22年に選定した会社は拡張現実(AR)や、土壌の二酸化炭素(CO2)の量の測定など幅広い技術を開発する。

出資は前提としないものの、プログラムに参加するスタートアップの技術を効率的に見極め、ディアの戦略に合致する場合は即座に出資やM&Aにつなげられる。21年にはスタートアップ・コラボレーター出身で、自動運転技術を手掛ける米ベアフラッグ・ロボティクスを2億5000万ドルで買収。22年にはアフリカやアジアでトラクターの共同利用を促すアプリを開発するケニアのハロー・トラクターに出資した。
「ディアさんのスピードはさすが」。クボタの研究開発を統括し、イノベーションセンターの副所長も務める木村浩人・常務執行役員は舌を巻く。渡辺所長もディアの名前を挙げながら「彼らに遅れないように、知財を押さえたり製品開発をしたりすることを意識している」と話す。
クボタにも有望なスタートアップを見極め、必要とあらば即座に買収するスピード感が必要だ。これまで少額出資を基本としていたが「M&Aも当然考えている」(渡辺所長)。
スタートアップとの交流はクボタの技術者にとっても刺激になりそうだ。渡辺所長は起業家などと交流するうちに「彼らが持っているスピード感と、事業にかける情熱、そして様々なアイデア。これが僕らに欠けていたアニマルスピリッツ(野心的意欲)だ」と気づいたと話す。
今後は出資やM&Aしたスタートアップといかに連携を深めるかが課題になる。研究開発本部を中心に日本人が多いクボタにとって、海外の起業家とのコミュニケーションは一筋縄ではいかない。人的交流も交えながらお互いにとってウィンウィンな関係づくりが必要だ。
(仲井成志)
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