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中村哲さんの「希望」継ぐ 死去から2年、現地の試練

アフガニスタンで活動していた福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師が73歳で銃弾に倒れてから、12月4日で2年となる。屋台骨を失った同会だが、「事業は全て継続し、希望は全て引き継ぐ」を合言葉に医療や農業、かんがい事業を続けている。イスラム主義組織タリバンの復権で一時中断した事業は再開したものの、大干ばつに飢餓、経済危機の恐れなど試練は絶えない。

「(中村)先生の魂はいつも、どこでもわれわれと共にある」。ペシャワール会の現地組織「PMS(平和医療団)」の幹部は強調する。

昨年12月、東部ナンガルハル州のバルカシコート堰(せき)を着工。取水門に水が通った時、古参の技師は日本側の連絡窓口「PMS支援室」の藤田千代子室長に電話をかけ、涙声で訴えた。「ここに中村先生がいない」。喪失感と、初めて現地職員だけでやりきった感激が入り交じっていた。

約20年前、農業・農村復興事業「緑の大地計画」を立案した中村氏。かんがい事業は故郷、福岡を流れる筑後川の「山田堰」を参考に手探りで進めた。

2010年にマルワリード用水路が開通した。自ら重機を操って陣頭指揮を執り、1万6500ヘクタールに緑が戻った。工法を「PMS方式」として各地に伝えることは中村氏の悲願。国際協力機構(JICA)の事業でガイドラインが作成され、現地語に翻訳された。

8月15日のカブール陥落後、無事が確認された全職員約100人は事業継続のためPMSに残った。2日後には運営するダラエヌール診療所の医師が「再開したほうがいい」と自ら声を上げ、「その気持ちがうれしかった」と藤田氏は振り返る。

深刻な干ばつの中、医療と農業、かんがい事業を10月上旬までに順次再開した。会員も増加傾向だという。村上優ペシャワール会会長は中村氏の言葉「戦より食糧自給」を引き「命をつなぐことが最重要課題」と訴える。

一方、国際社会ではタリバンによる人権侵害が指摘され、アフガンの在外資金は凍結。PMSも職員の給与支払いが遅れ、農業収入などで「何とかしのいでいる状況」だという。

村上氏は「これまでも幾多の困難を越えてきた」として、こう続けた。「道しるべのない闇夜を歩んでいるのではない。中村哲というともしびがある」

〔共同〕

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