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小さな努力重ね大エース ソフト金の上野、集大成

金メダルを獲得し喜ぶ上野(右)ら日本代表

7回裏、2アウト。守備につく選手たちはすでに涙をこらえているようだった。マウンドに立つのは日本が誇る黄金の右腕、上野由岐子選手。最後の打者をフライに打ち取ると、チームメートたちは上野選手の下に駆け寄り、歓喜の輪が広がった。

日本のソフトボール界を先導し続けた上野選手は、39歳を迎えてもバットをへし折るほどの剛速球は健在。学生時代から小さな努力を積み重ね、大エースに上り詰めた。

福岡市立柏原中時代、すでに視線は世界を向いていた。正月、先輩や同級生の家へ走って年賀状を届けた。鍛えた下半身から繰り出す速球は威力抜群。「痛みを我慢しながら捕っていた」。バッテリーを組んだ福岡県警東署の森光敬子さん(39)は部活動の引退時、手の骨にひびが入っていたと明かす。

九州女子高(現福岡大付属若葉高、福岡市)でも陰の鍛錬は続いた。自宅最寄りの一駅前で電車を降り、走って帰宅。右利きだが「右ばかり使うと傾きが出るから、バランスを良くするため」と箸やペンを左手で持っていた。同級生の佐藤清美さん(38)は「自分にはとことん厳しかった」と感慨深げに振り返る。

高校2年の時には、体育の授業中に腰をけがした。選手生命を左右しかねないほどだったが「大丈夫。すぐ戻るけん」と言ってのけた。見舞いに来たチームメートを不安にさせまいと、つらい顔は決して見せなかった。

2004年、アテネ大会で五輪に初出場し銅メダル。08年北京五輪では金メダルの夢をかなえ、涙を流した。今大会でも先発した全ての試合で日本を勝利に導き、25日のカナダ戦では力強い内角球で相手のバットをへし折った。

決勝の相手は13年前と同じ米国。相手に得点を許さずに勝ちきった。

上野選手は試合後、時折言葉を詰まらせながら「投げられなくなるまで絶対投げてやるという思いできょうは先発した」と話し、「最後あきらめなければ夢はかなう。また次回(五輪)からソフトボールはなくなるが、あきらめることなく前に進んで行けたらいいなと思う」と語った。〔共同〕

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