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「黒い雨」救済に道 国が上告断念、原告の高齢化進む

(更新)
 「黒い雨」訴訟の控訴審判決で、広島高裁に向かう原告ら(7月14日午後)=共同

広島への原爆投下直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」をめぐる訴訟で、国は26日、上告断念を決めた。国の援護対象区域外にも黒い雨が降った可能性を指摘し、県と市に被爆者健康手帳の交付を命じた司法判断が確定する。原告の高齢化が進むなか、救済の道が開けた。

戦後76年近くが過ぎても、原爆による健康被害の全容は見えない。後遺症を訴える多くの人々が十分な公的援助を受けられず、経済的にも苦境に立たされるなか、被爆者援護法は総合的な援護を国の責任で行うことを基本理念として1994年に制定された。被爆者として認められると健康手帳が交付され、医療費などが支給される。

国による原爆の被害認定を巡っては、長崎市の被爆者が起こした訴訟で最高裁は2000年、認定要件の一つである「病気が放射線に起因すること」について、国の基準は、爆心地から離れた場所で被爆した「遠距離被爆」の影響を過小評価している可能性を指摘した。

最高裁が国の原爆症認定基準を問題視する判断を示したことは、その後の被害救済の道を広げ、被爆者側からの訴訟が活発に起こされるようになった。「黒い雨訴訟」もその一連の流れの中で始まった。

国は、広島への原爆投下直後に降った放射能を含む「黒い雨」の降雨地域を爆心地から北西に長さ約19㌔、幅約11㌔の範囲を援護対象の「特例区域」と規定している。区域内にいた人は無料で健康診断が受けられるほか、特定の疾病にかかれば手帳を取得できるのに対し、区域外の住民は救済の対象外とされた。

このため区域拡大を求める声が相次いだが、国は「科学的根拠がない」として応じず、原爆投下当時、区域外で暮らしていた住民と遺族が、県や市による手帳の交付申請の却下処分を不服とする訴えを起こした。

昨年7月の広島地裁判決は、特例区域外にも黒い雨が降った可能性を指摘。そのうえで診断記録などに基づき「黒い雨の影響で原爆による特定の病気にかかった」と判断。84人への被爆者健康手帳交付を認めた。

今月の広島高裁判決も一審を支持し、特定の病気の発症を認定の要件とした一審判決より認定範囲を広げ、被爆者援護法の救済理念を生かした。

被告となった県と市は一審敗訴後、控訴しないよう国に要請していた。しかし、制度設計を担い、訴訟に参加した国にも控訴権限があることから、結果的に県と市は国の方針に従って控訴した。二審でも敗訴したことを受け、県と市は改めて国に上告断念を求めていた。

首相と面会後、取材に応じる(右端から)広島市の松井一実市長と広島県の湯崎英彦知事(26日午後、首相官邸)=共同

上告期限が28日に迫るなか、菅義偉首相は26日、湯崎英彦広島県知事、松井一実広島市長と面会し、判決受け入れを伝えた。湯崎知事は「被爆者の長年にわたる痛み、不安、苦しみに思いを寄せた判断」と評価した。

被爆者の高齢化は進んでおり、救済は急がなければならない。今後の焦点は、原告以外に黒い雨で被害を受けた人や、原爆投下時に国の指定地域外にいたため被爆者と認められない長崎の「被爆体験者」らを手帳の交付対象とするかどうか。国の上告断念による運用の見直しによって、他のケースにも影響する可能性がある。

原告団長「原告だけで無く全員救済を」


「黒い雨」訴訟で菅義偉首相が上告断念を表明した26日、原告団長の高野正明さん(83)は「裁判を通じて真実を分かってもらえて良かった」と喜んだ。その上で国に対し、判決の内容を受け止めて「原告だけでなく(黒い雨を浴びた人たちの)全員を救済することを願っている」と語った。
被爆者と認められなかった黒い雨の被害者らは、40年以上前から制度の見直しを求めてきた。父親が初期の運動を率いた原告の前田千賀さん(79)は「先人たちが諦めずに訴え続けてきてくれたおかげだ。『家族のために頑張ってくれてありがとう』と父に伝えたい」と語った。〔共同〕

国の検討会、科学的検証進まず


「黒い雨」問題を巡っては、国は昨年夏、住民側勝訴の広島地裁判決に控訴する一方、援護対象区域拡大も視野に入れた有識者検討会の設置を表明、同年11月から会合を開いてきた。当初は「スピード感を持って進めたい」としていたが、科学的検証が進んでいない。
検討会では、原爆由来の放射性物質の状況と、健康への影響の2点について検証していくことを決定。当時の気象状況などに関する文献や被爆体験記を確認するといった調査が進められてきた。
だが気象データを集めるための米国立公文書館などでの文献調査は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で現地入りができず、広島赤十字・原爆病院(広島市)にある被爆者カルテの分析も思うような結果が出なかった。
このほか、気象シミュレーションと土壌調査、健康影響に関する疫学調査を並行して行う方針だが、国はまだ検証期限も示せていない状況で、芳しい成果は挙げられていない。

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