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命日に無線放送10年、富士に響く「茜色の夕日」 山梨

2009年12月24日に29歳で早世した人気ロックバンド「フジファブリック」のボーカル兼ギタリスト志村正彦さんをしのび、出身地の山梨県富士吉田市はこのほど夕方に流す防災無線のチャイムをバンドの曲のメロディーに変更した。12年から始めた取り組みで、今年10年目を迎えた。27日まで続ける。

小中学校時代に同じ学年の友人で、市の防災無線担当だった市職員が友の死後、思い付いた。「夕方5時のチャイム」の歌詞が登場する代表曲から着想した。

市民が受け入れてくれるか――。すぐ行動に移せずにいた時、偶然にも市内の高校生から「バンドの曲にして」と同じ思いのメールが届く。上司に相談したが、放送の公共性など課題があり成就しなかった。

11年12月。市職員ら友人が中心となり志村さんのギターや衣装の展示会を開くと、2日間で約3千人が訪れた。ファンの心に触れ、再び背中を押された。若手市職員のプロジェクトとして再提案すると、展示会の反響も追い風となり、12年12月に変更が実現した。

翌年からは7月の志村さんの誕生日前後にもチャイムを流し、ファンが足を運び、市民には風物詩的存在になっている。今回流すのは「茜(あかね)色の夕日」。08年、市内での凱旋ライブで志村さんが「この曲を歌うために頑張ってきたような気がする」と涙した、故郷への思いがこもったナンバーだ。

「これいいな、何ていう曲だろう」。市内の高校生は2年前、チャイムを通じフジファブリックを深く知るようになった。今では友達とネット上でバンドや市に関する投稿を募る活動を展開。「地元のことを聞かれたら、志村さんがいたところだと言いたい」と話す。

今月下旬、市内のスピーカー前では沈む夕日を眺めながらチャイムに耳を澄ませるファンの姿があった。中には涙ぐむ人も。相模原市から来た50代の女性は「ここに来れば志村さんを思い出せる。企画してくれた市職員に感謝です。ずっと続けて」と話した。

10年の節目にあたり、市職員が思いを語った。「いろいろなことがかみ合った。(志村さんが)導いてくれたのだろう。本人はいないけど、音楽はずっと続いている」〔共同〕

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