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「よりよい沖縄を未来へ」 復帰50年、式典で若者代表ら

(更新)

15日午後に開かれた沖縄復帰50年の記念式典。激動の時代を乗り越えてきた県民や、これからの未来を築く若者たちが決意や思いを述べた。

県民代表としてあいさつした高良政勝さん(82)は「対馬丸記念館」(那覇市)の館長などとして、苛烈な戦争の教訓を復帰以降も伝え続けてきた。米軍統治時代から基地が集中する状況は変わらず「私たちが望んだ沖縄県はまだ道半ばの感がある」。

太平洋戦争中の1944年8月、当時4歳の高良さんは沖縄を出港した学童疎開船の対馬丸に乗っていた。出港翌日に米潜水艦の魚雷攻撃で鹿児島県・トカラ列島の悪石島沖で沈没、子どもら1500人近くが犠牲になった。姉と生き延びた高良さんだが、家族9人を失った。

「この歴史的悲劇を忘れてはならない」と、未来ある子どもの命が失われる戦争のむごさを訴えかけた。世界で今なお子どもが犠牲になっているなか、「一日も早く沖縄が『世界平和の発信地』となることを願う」と語った。

県青年団協議会会長の普天間真也さん(31)と、学生ボランティア団体「VONS」共同代表で大学2年の平敷(へしき)雅さん(20)は次の沖縄の50年を担う若者の代表として登壇した。

普天間さんはエイサーなど沖縄の伝統芸能の継承に取り組む。「米軍統治下で自治権などが制限されるなか、先輩方が沖縄の平和と権利を取り戻す活動をしてくれたおかげで現在がある」と強調。先人への感謝を胸に、バトンをつなぐ決意を示した。

平敷さんは高校時代、新型コロナウイルス禍の休校で給食を食べられず、食事に困る子どものために団体を立ち上げた。商業施設で近隣住民らから集めた食料品の寄付を続けている。県内の子どもの貧困は深刻で「私たちは手をさしのべ、この新たな問題に立ち向かう」と誓った。

最後に2人は「いまこそ若者が一致団結し、先輩方がこれまで築いたものを守り、よりよい沖縄を未来へつないでいく」と声をそろえた。

式典は東京会場(港区、入場516人)と沖縄会場(宜野湾市、同781人)をオンラインで結んで開かれた。岸田文雄首相や玉城デニー県知事らが出席した沖縄会場は全国の警察官が警備にあたり、出席者を金属探知機で検査するなど厳戒態勢を敷いた。式典に続く行事では琉球舞踊や空手の演武などが披露された。(木村梨香、船橋美季)

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