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都営霞ケ丘アパート 2度の祭典、光と影映す

点描 1964→2021

都営霞ケ丘アパートの跡地に建つメディア向け施設。五輪後は公園に姿を変える(東京都新宿区)

2度の東京五輪でメインスタジアムとなった国立競技場(東京・新宿)南側の一角。設置されたプレハブにはテレビスタジオなどが入り、陸上やサッカーなどの目玉競技を世界に発信する役割を担う。メディアの中継拠点には2017年夏まで東京都営の中層団地があった。

「霞ケ丘アパート」。1964年大会に向けた競技場の拡張に伴い、立ち退きを求められた人々の住まいとしてあてがわれた。

鉄筋コンクリート造、3~5階建ての計10棟には当時珍しかった洋式トイレが完備され、敷地内には精肉店や青果店、クリーニング店が並ぶ商店街もあった。住人らは開会式で航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が空に描いた五輪マークを部屋から眺めた。

ピーク時には300世帯が入居。「最先端の集合住宅」ともてはやされる一方、祭りや餅つきなどの行事で交流を深め、しょうゆが足りなくなれば借りにいく。そこには古き良き「向こう三軒両隣」も息づいていた。

解体前の霞ケ丘アパート。64年大会を機に整備された

21年大会の開催決定は13年9月。既に競技場の建て替えと周辺一帯の再整備が計画されており、前年の12年にアパートの取り壊しが決まった。

「住み慣れた場所を離れるのは受け入れがたい」といった声は根強く、都は明け渡し訴訟も起こした。全世帯が別の都営住宅などに移ったのは当初の予定より1年2カ月遅れの17年3月だった。

跡地は緑との触れあいをテーマにした公園に姿を変える。23年秋に完成予定で、都建設局は「憩いの場になる空間にしたい」(担当者)と話す。

今夏公開のドキュメンタリー映画「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」を監督した青山真也氏は「アパート撤去に関する都の説明は、2度にわたって『終(つい)の棲家(すみか)』を失い、悩み続けた人たちへの対応として十分ではなかった」とみる。

五輪に翻弄され、祭典の光と影を映し出した数少ない存在。交差点に掲げられた「霞ケ丘団地」との標識に変更の予定は今のところないという。

(橋爪洸我)

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