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三密から「三散」の時代へ 作家・五木寛之氏

成長の未来図インタビュー

中国で消費や労働の意欲が乏しい「寝そべり族」の若者が増え、日本では生まれた家庭次第で人生が決まるという意味を込めた「親ガチャ」が話題になった。「頑張っても無理」との諦めから、どう立ち上がるか。幸福や成長を語ることが難しい時代になった。

かつては「ブルーバード」という車があった。幸せなイメージがあるが、メーテルリンクの戯曲「青い鳥」の結末は悲しい。主人公の兄妹は幸福をもたらす青い鳥を探す冒険の末、自分たちの身近にいたと気づく。だが、飛び去ってしまう。

彼が悲劇的なドラマを書いたのは、安易な幸福論に対する疑問からではないか。寝そべり族らの姿を見て、最近そう思うようになった。今の若者は青い鳥が飛び去った後の世代。幸福が身近にあると素直に受け取れない現実がある。

私が若い頃、幸福の反対は貧困だった。学校に給食費を持ってこられない、といった単純な不幸だった。今は不幸が不幸の外観を呈しておらず、一律に定義できない。一方で、世界には極限状態できょうの食事、安全というミニマムな幸福を求める人もいる。「幸福とはこうだよ」という言葉が説得力を失っている。

新型コロナウイルス禍を経て、これからは「三密」ならぬ「三散」の時代になるだろう。まず「拡散」。SNS(交流サイト)のちょっとした情報が一夜で世界に広がる。次に「分散」。会社や学校でリモートが増え、一極集中だった企業の拠点が散らばる。

そして「逃散(ちょうさん)」。封建時代の貧しい農民が土地を放棄して逃げ出すことを意味する歴史用語だが、現代版が難民だ。体制と折り合いがつかなければ、逃げるしかない。多くの「デラシネ(漂流者)」が生まれる時代になり、日本はどう変わっていくだろうか。

100歳人生。未知の領域への不安も迫っている。私は「下山」についてずっと考えてきた。山を登るときは後ろを振り返る余裕もなく、ひたすら山頂を目指す。下山の道のりは思索と回想の時だ。周囲をゆっくりと眺めながら。

登山には成長の喜びがあり、下山には成熟の喜びがある。私自身も80歳くらいから行動範囲が狭まったが、身近なことに幸福を見いだせるようになった。下山のプロセスをマイナスに捉えるのは間違っている。

長生きを不安にさせるのは「痛み」だ。私は昔から片頭痛や肺気腫がある。慢性的な痛みは本当につらい。細胞や脳の研究と比べ、足や肩の痛みの緩和は低次元なのだろうか。痛みこそ不幸の源泉であり、医学が痛みの解放に向かっていないのは非常に不満だ。

今年で90歳。長生きしたい。好奇心は尽きず、見届けたいことが山ほどあるからだ。米中対立はどうなるのか。大谷翔平選手は10年後メジャーでどんな立場にいるのか。電気自動車が街にあふれる社会も見たい。劇的に変わる地球上の動きにドキドキするほど関心がある。

(聞き手は茂木祐輔)

いつき・ひろゆき 1932年生まれ、47年朝鮮半島から引き揚げ。67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞。「大河の一滴」「下山の思想」など数々のベストセラーがあり、2021年10月「私の親鸞 孤独に寄りそうひと」を刊行した。
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成長の未来図

資本主義が3度目の危機にぶつかっている。成長の鈍化が格差を広げ、人々の不満の高まりが民主主義の土台まで揺さぶり始めた。戦前の大恐慌期、戦後の冷戦期と度重なる危機を乗り越えてきた資本主義は、また輝きを取り戻せるのか。成長の未来図を描き直す時期に来ている。

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