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コロナ禍・SNS時代の報道 情報の検証重要に 

日経・早大・米コロンビア大 共同プロジェクト

パネル討論するシェイラ・コロネル(画面左上)、シッラ・アレッチ(同右上)、グレース・リー(同下)、土屋礼子の各氏(6月19日、東京都新宿区の早稲田大)

日本経済新聞社と米コロンビア大ジャーナリズム大学院、早稲田大ジャーナリズム大学院は6月19日、学生応援プロジェクトとしてシンポジウム「これからのジャーナリズムを考えよう」をオンラインで共同開催した。SNS(交流サイト)の台頭や新型コロナウイルスの感染拡大による社会の分断に対し、報道が果たすべき役割を議論した。

コロンビア大のスティーブ・コル院長と早大の田中愛治総長の主催者あいさつに続き、中林美恵子早大教授が「SNS民主主義とジャーナリズムの葛藤」と題して基調講演した。パネル討論は国際的に活躍するジャーナリストと研究者がコロナ報道の実態などを語った。

「深い洞察力不可欠」 スティーブ・コル米コロンビア大ジャーナリズム大学院長

スティーブ・コル氏

新型コロナウイルスの感染拡大は、これまで緩慢だった社会の変化を促進した。パンデミック(世界的大流行)という難局のなかで、ジャーナリズムの実践方法も変化した。

2021年度のピュリツァー賞で最も栄誉とされる公益部門に輝いた、米紙ニューヨーク・タイムズは、新型コロナのデータを集めてパンデミックの危機を可視化した。パンデミック当初から日々入ってくるデータを統合し、信頼性のあるかたちでまとめあげた。症例数や検査数にとどまらず、政府よりも先に感染爆発のパターンを示すことに成功した。

データジャーナリズムはもはやジャーナリズムの一部門にとどまらず、神髄といえる。デジタル社会のなかでは、深い洞察力を持ってデータを活用し、世界を理解することがジャーナリズムには求められる。

「SNS生む問題議論を」 田中愛治早大総長

田中愛治氏

早稲田大ジャーナリズム大学院は、高度専門職業人としてのジャーナリストを育てるため、2008年に設立された。まだまだ若い大学院だが、1912年に創立したコロンビア大ジャーナリズム大学院をモデルに、調査報道の手法を学ぶのが特色だ。

SNSという「プライベートマスメディア」の出現が、社会に大きなインパクトをもたらしている。根拠がなくても自身の考えを発信でき、その波及のスピードは既存のメディアにも劣らない。このような事態は、政治学者や社会学者、もしくはコミュニケーション研究者も、1990年代初頭には誰も予想できなかっただろう。

SNSやパンデミックによる社会の分断で、弱い人がより苦しむという状況が生まれている。こうした問題への対応を若い世代の意見も交えつつ、議論してもらいたい。

「一般市民も報道の担い手」 中林美恵子早大教授

SNSへの投稿が社会に大きな衝撃を与える例は近年増えている。日本では16年、「保育園落ちた日本死ね」というブログが反響を呼び、地方自治体や国が待機児童問題の解決に乗り出した。一般市民が報道の担い手となり、SNSが現場の実態を明らかにする。報道はそうした新しい時代に入っている。

SNSの影響は民主主義にも及ぶ。16年の米大統領選ではツイッターにたけたトランプ氏が当選し、SNS上で閣僚を任命したり罷免したりした。

基調講演をする中林教授

21年1月に発生し多数の死傷者が出た米連邦議会の占拠事件でも、乱入者がSNSで情報共有したことも分かりつつあり、「この事件はSNSで生み出された」との批判も上がった。数時間も議会機能が失われた衝撃は言葉に言い表せない。

新型コロナウイルス禍で報道は重要な役割を果たす。SNSはいい側面ばかりでなく、偽情報も流布しやすく、世論の分断も生み出す。だからこそ、ジャーナリズムは事実を正確に検証し、社会に必要なものを探り出す責務を負う。健全なジャーナリズムを育てる努力が大切だ。

パネル討論 社会の分断と民主主義の将来

パネル討論ではシェイラ・コロネル氏、シッラ・アレッチ氏、グレース・リー記者が「社会の分断と民主主義の将来 ジャーナリズムの役割」をテーマに意見を交わした。司会は土屋礼子氏。

土屋 社会の分断と民主主義の将来について意見を。

シェイラ・コロネル氏

コロネル 権威主義的な政府は新型コロナウイルスを口実に弾圧や制限をかけ、報道機関への圧力も強め、情報を「フェイクニュース」として扱っている。報道機関への制限の影響で、死亡数は必要以上になっているといわれる。パンデミックに立ち向かうには信頼できる情報が必要だが、この1年半で、メディアや政府の情報への信頼は失われてしまった。

アレッチ ロックダウンジャーナリズムという言葉がある。機密の情報源に頼るジャーナリストは、コロナ下で多くの障害を乗り越えなければならなかった。一方で、偽の情報やデータ不足と戦うため、新しい手段を見つけた記者もいる。インドの新しいニュースサイトのスタッフには、記者だけでなく医師もいる。データをもとにより正確で客観的な情報を提供しようとする動きは、前向きに捉えたい。

リー コロナはジャーナリスト個人の生命や雇用も脅かすなどの影響を与えた。カメラマンやテレビクルーはパンデミックの当初から最前線で仕事をしている「エッセンシャルワーカー」だが、ワクチン接種を受けられない状況が続いた。コロナの報道はストレスも伴い、精神衛生上の問題も生む。国際的なニュース組織に所属する人の7割が、メンタルの問題を抱えていると明らかになっている。

土屋礼子氏

土屋 コロナで明らかになった社会的な問題は、どのように報道されたか。

リー コロナによって多くの脆弱性が露呈した。女性の方が失業率が高く、日本では自殺率も上昇した。家庭にネット環境のない子どもはオンライン授業を受けられなかった。とくに困難に直面したのは移民で、失業により帰国を余儀なくされた。シンガポールの感染者の9割は低賃金で働く移民の労働者だったといい、同様の状況は台湾でも生まれている。

コロネル 社会の不平等に焦点が当たった。どんな人が死に至っているか、どの地域への影響が大きいか、政府がケアをしていないエリアはどこかなど、世界中のジャーナリストは勇敢に立ち向かってこれらを伝えた。政府の制限で自由に報道するのが難しくなったのも事実だ。

シッラ・アレッチ氏

アレッチ 政府のデータに対する記者の見方も変わった。多くのジャーナリストは政府が公表する感染状況のデータを、誰が何の目的で収集しているのか疑問視した。たとえばインドでは、記者が実際に火葬場で1日の死者数を数えたところ、政府発表の死者数より多くの人が亡くなっていたとわかった。政府のデータを信じてきた人たちが今後、より客観的に見るようになると期待する。

土屋 SNSでフェイクニュースが発信されている。ジャーナリストはどう対応すべきか。

アレッチ フェイクニュースは新しい問題ではない。気候変動が科学としてではなく信念のように扱われたこともあった。メディアは様々な階層の読者を考慮しながら、丁寧に説明する役割を果たす必要がある。

コロネル 政府高官がフェイクニュースを発信したという例もある。偽の情報をジャーナリストが拡散しないことが最も重要で、正当性を検証して伝える必要がある。極右や排外主義者が意図的に偽の情報を流すこともある。フェイクニュースが生まれるネットワークを暴き、情報の流れ方を伝える義務も、ジャーナリストにはある。

グレース・リー記者

リー マスクを着けるべきか、ワクチンを打つべきかについて、様々な情報が錯綜(さくそう)する「インフォデミック」が起きている。ニュースを見ず、SNSだけで全てを判断している人もいる。ジャーナリストはより多くの時間をかけて真偽を見分け、SNS上の情報の評価やリスクを伝えなくてはならない。

土屋 情報をコントロールする政治の力やSNSの情報に、メディアがどう対抗していくのか、今は模索の段階だ。多様な視点を持ったジャーナリストが協力し、様々な調査報道を進めることが、具体的な一歩になるはずだ。

総括を務めた瀬川至朗・早稲田大政治経済学術院教授

メディアによる情報独占がなくなった今、ジャーナリズムの役割は市民の知る権利に応え、民主主義の維持に貢献することだ。信頼されるジャーナリズムはSNSや新型コロナによる社会の分断を食い止め、傷を癒やす可能性があると期待する。

パネリストの略歴


シェイラ・コロネル氏
米コロンビア大ジャーナリズム大学院教授。マルコス独裁政権下のフィリピンで取材を始める。1989年にフィリピン調査報道センター設立、2003年にアジアで最も権威のある「マグサイサイ賞」を受賞。06年から現職。
シッラ・アレッチ氏
国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)所属ジャーナリスト、アジア・欧州のパートナー・コーディネーター。コロンビア大と早稲田大の双方のジャーナリズム大学院修了。これまで米ブルームバーグ、週刊朝日などで取材。
グレース・リー記者
日本経済新聞社Nikkei Asia記者。香港大でジャーナリズム修士号取得。在学中から英BBCや米ABCで勤務。米ロイター通信の香港拠点で中国政治、イラン、北朝鮮に関する調査報道を担当。20年から現職。
土屋礼子(つちや・れいこ)氏
早稲田大政治経済学術院教授。20世紀メディア研究所所長、雑誌「Intelligence」編集長。01年に一橋大で博士号取得。編著に「日本メディア史年表」など。10年から現職。

イベントの様子はNIKKEI LIVE(https://www.nikkei.com/live/event/EVT210426002/archive)でご覧いただけます。

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