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性感染症、コロナ禍でより広まった可能性 いったい何が

ナショナル ジオグラフィック

新型コロナウイルス感染症が流行した2020年は、人と会う機会が減ったために、性感染症も減少したのではないかと思うかもしれない。しかし米国では、逆に性感染症が増えている可能性があると専門家たちが警戒を強めている。

最も懸念されている点は、パンデミック(世界的大流行)の影響で、クラミジアや淋病、梅毒などの性感染症の検査が過去2年間、後回しにされてきたことだ。こうした感染症の抑制には、検査が重要な役割を担う。クラミジアや淋病は、感染してしばらくは何の症状もないためだ。

米疾病対策センター(CDC)のデータによると、2015から2019年までの4年間で、この3つの性感染症の報告例は全て30%増加していたが、2019から2020年の1年間に、クラミジアの症例は14%減り、梅毒も、第1期、第2期ともに0.9%減少した。しかし、この数字に関して専門家は、検査数が減っただけであって、感染者数が実際に減ったわけではないとみている。

その理由のひとつは、2020年の乳幼児の梅毒感染例が2019年を上回っていたというCDCのデータだ。また、2021年のデータはまだ収集段階にあるものの、初期の報告では淋病の症例が増加しており、既に心配な兆候がある。

米ペンシルベニア州立大学公衆衛生学助教のケイシー・ピント氏が率いた研究によると、新型コロナの新規感染者数が全米で増加していたのと同じ時期に、性感染症の検査数は激減していた。例えば、ニューヨーク州では新型コロナ検査の陽性率が25%を超えた2020年4月までに、性感染症の検査数は75%以上減少した。この研究は、2021年5月19日付けで医学誌「American Journal of Preventive Medicine」に発表されている。

米ワシントン大学の医学・疫学准教授で、ワシントン州シアトル市とキング郡によるエイズ・性感染症プログラムの副局長を務めるジュリー・ドンブロウスキー氏は、「新型コロナによって、性感染症の防止にここまで成功したとはとても考えられません」と話す。

新型コロナ対応に追われ、多くのクリニックは症状のある患者を優先させた。「その判断をするのは、非常につらかったです」と、ドンブロウスキー氏は言う。性感染症にかかると、治療しなければ不妊症や失明などの深刻な結果を招いたり、死に至る場合もある。さらに、エイズウイルス(HIV)に感染するリスクも高まるとCDCは警告している。感染による膿や炎症を放置していれば、そこからHIVが侵入し、感染しやすくなってしまう。

医療現場では性感染症が増加しているという医療従事者も多い。「いつもより陽性者が増えています」と、米アラバマ大学バーミンガム校の医学・公衆衛生学准教授で、同大学の性感染症診断研究所長であるバーバラ・バン・デル・ポル氏は言う。

はっきりした感染者数がわからない状況は何より心配だ。知らず知らずのうちに、感染が広がっているおそれがある。女性の場合、淋病に感染しても症状が出ないことが多い。クラミジアは米国で最も報告例が多い細菌による性感染症だが、最大で男性の場合は50%、女性は80%までが無症状だ。どちらの感染症も、排尿時の痛みが一般的な症状で、適切な検査をしないと尿路感染症だと誤診されることがある。

性感染症の検査はなぜ減ったのか

パンデミックが始まってから数カ月間は、性感染症の検査を実施する診療所の多くが、通常の診療を休止して新型コロナウイルスの検査や接触者追跡の対応に回っていた。全米50州の医療機関と連携する公衆衛生団体「全米性感染症科長連合会(NCSD)」は、2020年5月までに全米の性感染症関連プログラムの83%で通常の診療が延期され、診療所の66%で検査数が減り、2020年8月までに性感染症関連プログラムの20%が完全に中断されていたと報告している。

シアトル市とキング郡のエイズ・性感染症プログラムでも、職員の多くが新型コロナ対応に回されていたと、ドンブロウスキー氏は言う。そのため、米国の他の多くの保健所や診療所と同様、「たちまち、症状がある患者や、即日治療が必要な患者を優先させるようになりました」と言う。しまいには、無症状者の検査を完全にやめてしまったという。2019年4月には990人の患者を診察していたが、1年後、その数は399人に減っていた。

ワシントンD.C.にある診療センター「ウィットマン・ウォーカー・ヘルス」の性健康部長であり、ナース・プラクティショナー(一定レベルの診療と薬の処方ができる看護師)のアマンダ・ケアリー氏は、以前なら予約なしの診療や検査を求める患者で待合室がいっぱいだったが、パンデミック中は完全予約制にしていたという。ウィットマン・ウォーカー・ヘルスが提供したデータによると、同センターでは2020年に、クラミジア、淋病、梅毒の検査数が2019年と比較して累積で43%減少した。

もう一つ、診療所が直面した問題は、検査キットの不足だった。CDCが資金を出している59の性感染症プログラムを対象に調査を行ったところ、2020年4月に回答した施設のうち51%が、淋病とクラミジアの検査キットが不足していると答えていた。CDCはその後も回答を集めていたが、翌2021年1月までの結果を見ても、38%がキット不足を訴えていた。論文は2021年10月21日付けで医学誌「Sexually Transmitted Diseases」に発表された。

バン・デル・ポル氏によると、性感染症の検査には、検体を採取する綿棒など、新型コロナの検査と同じものが多く使われているという。

そもそも検査自体も、性感染症から新型コロナのPCR検査や抗原検査に取って代わられ、検査機関の人手がそちらに奪われた。年間約2万件にのぼる性感染症の検査を実施してきたバン・デル・ポル氏の性感染症診断検査室は、2020年に検査件数が2倍に増えたものの、性感染症の検査は1件も行われなかった。

今後は性感染症の増加が確実視

診療所も検査機関も、最近になってようやくパンデミック前の検査体制に戻りつつあり、予約なしの患者を受け入れるところも増えている。この記事のために取材した診療所や検査機関は現在、それぞれ通常の70~80%の稼働率で対応している(1日ずつ見れば、まだ完全に元通りと言うわけにはいかない。バン・デル・ポル氏は、いまだに漂白剤や手袋といった最も基本的な消耗品も手に入りにくいという)。

しかし、多くの専門家は、事態は深刻なことになっているのではないかと懸念する。ピント氏の研究では、2020年の3月から2020年6月までの間に見逃された性感染症の症例は15万件を超えると見積もられている。

性感染症とHIVの検査を実施しているロサンゼルスLGBTセンターの主任疫学者であるニコール・カニンガム氏は、パンデミック当初に感染者数は減ったが、今ではすべての性感染症で増えていると話す。2021年6月には、2019年とほぼ同じ数の検査を実施し始めたところ、6月から10月の間に、淋病の累積感染者数は2019年の同じ時期と比べて23.8%増加していた。

パンデミックの影響のせいで、実際の増加率を特定するのは難しい。症例が増えたのは、2020年に検査できなかった分が今になって処理されたからなのか、それとも実際に感染が拡大しているのかはわからない。

「性感染症に関しては、実際に何が起こっているのかを理解するのはまだ難しいです。パンデミックの前から陽性者は毎年増え続けていましたから、パンデミックがなかったとしてもある程度は増えていたでしょう」と、ドンブロウスキー氏は言う。

だが、検査数が減ったこと、そして、無症状者を見逃していたことが、感染拡大につながったのはほぼ間違いないだろうともいう。そして同氏は、多くの専門家が、今後数カ月間で性感染症の感染者数の大幅な増加を予測していると付け加えた。

文=JILLIAN KRAMER/訳=ルーバー荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年1月28日公開)

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