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日本の「すごい」を未来に 技術とデザインが出合う時

NIKKEI The STYLE

代名詞はカラフルなニット素材のバッグ。市松模様やボーダー柄、ニットの伸縮によって色が見え隠れする配色の効いたものも。買い物袋のかたちをしたものや、着物の帯から着想を得たころんとしたフォルムなど、シンプルでありながら心くすぐるデザインだ。

2018年にスタートした日本のブランド「LASTFRAME(ラストフレーム)」。国内のセレクトショップはもちろんのこと、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、シンガポール、タイなど、世界中で愛され、売り上げの7割を海外が占める。

思わず手に取りたくなる見た目だけではない。コンセプトは「世界最高レベルの日本の伝統技術を未来に継承する」。デザイナーの奥出貴ノ洋(おくでたかのひろ)さんはこう説明する。どれも日本の工場や職人から生み出される技術に裏打ちされたデザインなのだ。

ニットバッグは奈良のニット工場で、国内に数台しかないという特殊な編み機を用いて製造している。例えば市松模様のバッグは、本体はセーターでよく見るリブ編みで、柄は編み地のなかで糸を切り替えるインターシャという編み方を用いている。模様を編むには、糸を渡らせることで表に出す色を変えるジャカード編みもある。キャラクターの描かれた靴下などで表と裏で見え方が異なることがあるだろう。一方、インターシャ編みは裏も同じ柄になり、生地は薄く柄もすっきりと見える。繊細で高度な技術が必要とされ、バッグの人気が高まるにつれ海外で模倣する業者も出てきたが「同じようにはできない」と奥出さんはいう。

当初はマフラーを作ろうと考えていたというが、技術の詰まった編み地を見て職人と話すうちに、モノやデザインが決まった。「高い編みの技術で耐久性も優れており、デイリーに使える」。顧客に加え、スタッフからの人気も高いというセレクトショップの「ステュディオス」のウィメンズのバイヤー、和田瞳さんもこう話す。

長年ファッション業界に身を置き、最近はフリーランスデザイナーとして国内外の人気ブランドでデザインを手がけていた奥出さん。かつて勤めたアパレルメーカーに海外拠点があり「日本のことを好きな人が多いと感じていた。それなのに自分は、日本の文化やものづくりについて全然知らない」。

世界に向けて発信するには強みになると感じてまわり始めたのが、地元の石川県の機屋だ。高い技術を有し、海外のハイブランドの商品を手がけていることに驚く一方、多くは後継者不足に直面していた。「日本の職人の技術で作られたものは物がいい。必然的に長く使える。それこそがサステナブルなのではないか。技術がなくなることは、持続可能ではないのでは」。流行を追うものづくりを続けてきたが「無駄なものを作り続けてきたのではないか」という思いさえよぎった。

工場を巡るなか出合ったのが、1895年創業の小倉織物(小松市)だ。同社がこれまでに生産した織物を保管する部屋に入ったときに「こんなにすごいものを作っているんだと高揚感に包まれた」と奥出さんは思い出す。

経(たて)糸と緯(よこ)糸を複雑に組み合わせて模様を織り出すシルクの「紋織物」を手がけている。織物をよく見ると、一見刺しゅうかに思える細やかな柄が、織りで表現されている。社長の小倉久英さんは「後染めで洋装向けの幅の広い紋織物を専門的に作る最後の一社だと思う」と話す。一帯は織物の産地だが、廃業や倒産で同業者は少なくなった。

工場に足を運ぶと、目をこらさなければ見えない髪の毛より細い糸を、職人が手の感触で操っていた。1970〜80年代製の織機に一本一本セットする経糸は1万本にのぼり、ベテランの職人の手でも1日以上かかるそう。

こうして織り上がった布は、しなやかでとろけるようなやわらかさ。向こうが透けてみえるほどに薄く模様を織り上げる「紋紗(もんしゃ)」は「特に得意とするところ」と小倉さんはいう。海外のハイブランドやヨウジヤマモトなどデザイナーブランドからの注文も受けてきたが「今ではシルクを触ったことのない若い人も多い。奥出さんの感性で届けられれば」。

ラストフレームのスカーフは、花をプリントした生地に蜂が織り込まれていたり、円状にドットのようにブランド名が織りでデザインされていたり。横浜の工場で施されたプリントも目を引くが、その合間から美しい織りの柄が存在感を放つ。

ファッションは「人を元気にしたり、心を動かしたりするもの。そうした理屈でない部分と、工場の技術をうまくミックスしたものを作りたい」。こう奥出さんがいうように、私たち消費者と工場の技術を、デザインによって引き合わせてくれる。現在は小物類が中心だが、ゆくゆくはアパレルの展開も予定している。

奥出さんが好きだという工業デザイナーの柳宗理が提唱する「デザイン十ヶ条」に、こんな文言がある。「伝統は創造のためにある」

「過去から受け継がれてきたものを理解しないと新しいものは作れない。心からそう思う」と奥出さん。ブランド名に用いた「LAST(ラスト)」には「最後」や「続く」という意味がある。「日本の最後の職人の技術をフレームに収めてアイテムにし続ける」。奥出さんの生み出すものには、そんな思いがぎゅっととじ込められている。

井土聡子

高井潤撮影

[NIKKEI The STYLE 2023年2月19日付]

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