月面着陸目指すアルテミス計画が始動、9つの質問で理解 - 日本経済新聞
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「再び月面へ」 アルテミス計画、9つの質問で理解

ナショナルジオグラフィック

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約50年前の「アポロ計画」以来の人類の月面着陸を目指した米国主導の「アルテミス計画」が始動する。月面再着陸を「最短2025年」とする野心的な目標の達成に注目が集まるなか、月面着陸にいたる計画や、そのために必要な技術、月を訪れる可能性のある人々について9つの質問の形で紹介する。

NASA(米航空宇宙局)は現在、1972年以降で初めて、宇宙飛行士を月面に降り立たせることを目指しており、その中には女性も含まれることになっている。アポロ計画に続く21世紀の月面探査計画「アルテミス」は、早ければ2025年にも人類を月面に着陸させる予定だ。

その本格始動となるミッション「アルテミス1」のロケットが、いよいよ8月29日にも打ち上げられる。無人で月を周回するミッションだ。(※編注、エンジンの不具合などでロケット打ち上げは9月19日以降になる見通し)

ギリシャ神話の月の女神にちなんで名付けられたアルテミス計画は、NASAとそのパートナー宇宙機関が月を繰り返し訪れ、宇宙への新たな足場を築くことを目的に立ち上げられた。月への長期滞在や火星の有人探査など、さらに野心的な宇宙探査の第一歩となることが期待されている。

月面着陸は、課題の多い困難な道のりであると同時に、科学技術の進歩にとって絶好の機会でもある。以下では、月面着陸にいたる計画や、そのために必要な技術、月を訪れる可能性のある人々について紹介しよう。

アルテミス計画ではどんな宇宙船を使うの?

アルテミス計画の宇宙船は「オリオン」だ。オリオンは、クルーが搭乗するカプセル型のクルーモジュールと、その下のサービスモジュールからなる。クルーモジュールは、4人のクルーが宇宙で21日間、生命と健康を維持できるように設計されている。サービスモジュールは欧州宇宙機関(ESA)が供給し、太陽電池パネル、生命維持装置、燃料タンク、月軌道に入るためのメインエンジンが搭載される。

オリオンを地球から打ち上げるのは、高さ98メートルの大型ロケット「宇宙発射システム(SLS)」だ。液体水素と液体酸素を混合して燃焼させる1段目には、もともとスペースシャトル用に開発されたRS-25ロケットエンジンが4基利用される。月への往復無人試験飛行を行うアルテミス1ミッションには、スペースシャトルで3回以上使用されたエンジンを改修して使用する。

ロケット1段目の両側には2つの巨大な固体燃料ブースターもついている。打ち上げ時の合計の推力は39メガニュートンで、アポロ計画のサターンVロケットより15%大きい。ロケットが宇宙空間に到達すると下段を切り離し、上段が独自のエンジンを噴射してオリオンを月に向かって送り出す。

オリオン自体は月面に着陸できないので、NASAがアルテミス3ミッションで月面着陸を試みる際には、クルーは月周回軌道上でオリオンからスペースX社が現在試験中の宇宙船「スターシップ」の改良型へと移乗し、これが月着陸船となる。

探査を終えたクルーは、スターシップからオリオンに戻って地球に帰還する。三角錐の頂点を平らにした形のカプセルは熱シールドを使って大気圏再突入の高熱に耐え、パラシュートを開いて海に降下する。

アルテミス計画の最初の3つのミッションの違いは?

最初のアルテミス1は無人ミッションで、8月29日(予備日は9月2日と5日)に打ち上げが行われる。オリオンのクルーモジュールとサービスモジュールとSLSの全体が打ち上げられるのは、これが最初だ(クルーモジュールは2014年12月に別のロケットで打ち上げられ、熱シールドのテストが行われた)。アルテミス1ミッションの日数は、打ち上げ時期にもよるが4~6週間で、オリオンを月の周回軌道に乗せ、それから地球に帰還させる。

NASAのビル・ネルソン長官は8月3日の記者会見で、次のように語った。「私たちは挑戦と達成を通して学んでいます。アルテミス1ミッションは、アポロ計画のように人々を団結させ、人類に恩恵をもたらし、世界を感動させるような偉業を達成できることを教えてくれます。今はアルテミスの時代です」

2024年5月までに予定されている10日間のアルテミス2は最初の有人ミッションで、4人のクルーがオリオンに乗って月を周回し、地球に帰還する。1968年12月のアポロ8号に似たミッションだ。

月面に再び人間を送り込むアルテミス3の打ち上げは2025年以降となる。4人の宇宙飛行士によるこのミッションでは、月周回軌道に乗ったオリオンは、そこで待っているスペースXのスターシップとドッキングする。そして、クルーのうち2人がスターシップで月の南極付近に着陸する。スターシップは探査を終えた2人を乗せて月周回軌道のオリオンに戻り、クルーはオリオンで地球に帰還する。

アルテミス3は月のどこに着陸するの?

アポロ計画では月の赤道付近に着陸したが、アルテミス3は月の南極付近に着陸する予定だ。NASAは13の着陸候補領域を発表している。

これらの候補地には、過去に探査されていない多様な地質が見られる。どの候補地にも安全に着陸できる平坦な地形が見られ、時期によってはいちどに6.5日の日照があるので、宇宙飛行士はほぼ1週間月面にとどまることができる。それ以外の時期には日陰になってしまうため、着陸地点は打ち上げ時期によって変わってくる。

着陸候補地付近の永久影に覆われた場所にある月の岩石や塵(レゴリスと呼ばれる)には、水の化学的な痕跡が残っている。レゴリスから氷を採取することができれば、地球の南極観測基地のようなスタイルで月に長期滞在することが容易になる。

しかし、レゴリスに含まれる水がどのくらい豊富に存在しているのか、簡単に採取できるのかはまだわからない。NASAは、この地域の水が使えるかどうかを調べるために、2024年にも無人探査車「バイパー(VIPER)」を月の南極に送り込み、堆積する氷に関するデータをさらに収集することを計画している。その後は、アルテミス3の宇宙飛行士がこの地域の調査を引き継ぐことになる。

アルテミス計画はどのようにして生まれたの?

アルテミス計画のルーツは、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2005年に表明したコンステレーション計画にある。この計画は、引退するスペースシャトルに代わるNASAの有人宇宙飛行計画という位置付けだった。

しかしオバマ政権は、遅延とコスト超過の懸念からコンステレーション計画を中止し、スペースシャトルとコンステレーション計画を中心に築き上げられた航空宇宙産業は暗礁に乗り上げた。2010年、米国議会は、コンステレーション計画のクルーカプセルを維持し、スペースシャトルとコンステレーション計画の既存の契約を利用した新しいロケット(現在のSLS)の開発を求める法案を可決した。

オリオンとSLSの計画は年々進化していったが、現在のアルテミス計画の形はトランプ政権下で決定され、火星有人探査への足がかりとして月に改めて焦点が当てられることになった。バイデン政権は、月面着陸の目標時期を2024年から2025年に延期しただけで、アルテミス計画をほぼそのままの形で進めている。

アルテミス計画の費用はどのくらい?

NASAの監察官室によると、2012年度から2025年度にかけて、アルテミス計画関連のプログラムには推定930億ドル(約13兆円)、最初の打ち上げには41億ドル(約5600億円)の費用がかかるとされている。アルテミスのコストは当初の見積もりを超えて膨れ上がり、NASAの監察総監ポール・マーティン氏は今年初めに「持続不可能」とまで言っている。

これまでのところ、議会はアルテミス計画への資金提供を確約している。宇宙開発の啓発活動を行うNPO団体「惑星協会」によると、現在、NASAの年間予算の半分弱が有人宇宙飛行のために費やされており、NASAの総予算は連邦政府の裁量支出の0.4%に相当するという。

他の国も参加しているの?

アルテミス計画は米国のプログラムだが、NASAは他の国々にも参加を呼びかけている。カナダと日本は、月周回軌道上の宇宙ステーション「ゲートウェイ」の建設に協力することを約束している。NASAはカナダや日本など18カ国との間で、宇宙の平和協力の原則を定めた拘束力のない協定「アルテミス合意」を結んでいる。

誰が月に行くの?

アルテミス計画の有人飛行に参加する宇宙飛行士はまだ決まっていない。NASAの関係者は、NASAの宇宙飛行士の全員にミッションに参加する資格があると語っている。NASAはまた、カナダがこのプログラムに投資したことを受け、カナダ人宇宙飛行士がアルテミス2に搭乗することになったと発表している。

さらにNASAは、アルテミス3で女性初の月面着陸を実現させ、アルテミス3または将来のミッションで有色人種を初めて月面に着陸させるとしている。

なぜ月に人を送る必要があるの?

近年、NASAをはじめとする宇宙機関は月への野心を新たにしている。多くの科学的成果が期待されるだけでなく、将来の惑星探査の足がかりにもなるからだ。アポロ計画によって持ち帰られたサンプルから明らかになったように、月の土壌や衝突クレーターは、太陽系45億年の歴史を記録した図書館のようなものなのだ。

月は太陽系の他の領域で探査を行うための訓練場にもなる。月と火星は多くの点で異なっているが、シェルターの建設、宇宙の飛行、堆積した氷から水を抽出する技術など、月探査で学んだことは将来の火星有人探査に大いに役立つと期待される。

有人宇宙探査を支持する人々は、宇宙への挑戦は間接的に大きな利益をもたらすと考えている。アルテミス計画や国際宇宙ステーション(ISS)のような大規模なプロジェクトは、各国が平和的に協力し合う機会となる。アルテミス計画のためのハードウェアとソフトウェアの開発は、高度な技術を持つ多くの労働者に仕事を提供することができる。そして、月に着陸するというアルテミス計画の目標は、若者が科学技術を学ぶための重要なきっかけになる。

米ノートルダム大学の月研究者クライブ・ニール氏は、アルテミス計画が成功と言えるかどうかは、それがもたらす技術的な恩恵によって決まると考えている。ニール氏は、アポロ計画の誘導コンピューターがシリコンチップ産業を爆発的に成長させたことを例に挙げ、「最終目標は、地球での生活をより良いものにすることでなければなりません」と言う。

その後のミッションは?

アルテミス計画の将来は、最終的には議会と米国民の意思によって決まる。今のところ、NASAは月面を目指すミッションを繰り返すことを計画している。すでにアルテミス4のためのSLSとオリオンのコンポーネントの製造が始まっている。

インフラの追加も順調に進んでいる。NASAはカナダと日本の宇宙機関と提携して、月軌道を周回するゲートウェイ宇宙ステーションを建設中だ。ゲートウェイは、将来的には月に向かう探査機の中継地となる予定である。一部はすでに建造されていて、早ければ2024年にも最初の2つのモジュールが打ち上げられ、2026年以降に打ち上げられるアルテミス4ミッションで組み立てを完了することになっている。

NASAは月での活動の可能性について、通信ネットワーク「ルナネット」、月面の居住施設、大型の与圧ローバーなどのアイデアを練っている。人類の月での長期滞在が実現するかどうかは、アルテミス計画の最初の数回の打ち上げで、最先端の月ロケットと宇宙船がどこまで結果を出せるかにかかっている。

文=Michael Greshko/写真=Dan Winters/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年8月27日公開)

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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