サンゴ礁の回復に海藻むしりが効果 豪で研究成果
ナショナル ジオグラフィック

危機にある世界最大のサンゴ礁グレート・バリア・リーフのなかに、ベビーブームに沸く一帯がある。オーストラリアのクイーンズランド州、マグネティック島周辺の海だ。
「毎年、サンゴの赤ちゃん(幼生)が増えています」と、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーで、オーストラリアにあるジェームズクック大学の生態学者、ヒラリー・スミス氏は話す。
これは「海藻むしり」の成果だ。庭の雑草を抜くのと同じように、この海域に生えるサルガッサム(ホンダワラ属の海藻)を引き抜き、サンゴ礁を清掃する。このシンプルな戦略が効果を上げている。
庭に生えた雑草は、水分や日光を過剰に奪って花の成長を妨げることがある。同様に、水質汚染や海水温上昇など人間活動の影響で衰弱したサンゴ礁も、海藻の勢力に負け、サンゴの成長がさらに阻害されてしまう。
スミス氏のグループが2021年12月26日付けで学術誌「Restoration Ecology」に発表した論文では、グレート・バリア・リーフでサンゴ礁の清掃を行ったところ、2019年と2020年にサンゴの幼生の数が3倍に増加したという心強い結果が報告されている。
専門家は、気候変動の抑制こそサンゴ礁の健康を守る究極の処方箋だというが、当面は、海藻むしりのような各地の修復対策によってサンゴ礁の再生を後押しすることができるようだ。
サンゴ礁が弱り、海藻が繁殖する
現在、世界中のサンゴ礁が悲惨な状態に陥っている。サンゴ礁モニタリング・ネットワークが2020年に発表した報告書によると、2050年には、世界のサンゴ礁の95%が熱ストレスを受けると予測されている。藻類も大きな問題だ。すでに世界のサンゴ礁の3分の2ににおいて藻類の繁殖が増えているという。2021年に発表されたある論文は、1950年代以降、世界のサンゴ礁の半分が死滅したと試算している。
サンゴ礁から海藻を除去する作業は労力を要するが、複雑な作業ではない。劣化したサンゴ礁の修復に手を差し伸べたいと願う市民科学者たちには、うってつけのプロジェクトだ。
「このような構想を、私たちはとても希望の持てるものと考えています」。環境問題に取り組む市民科学者団体、アースウォッチ・インスティチュートのCEOを務めるフィオナ・ウィルソン氏はそう話す。この団体のボランティアも、海藻除去作業に協力した。「サンゴ礁の回復を促すことができる、とても現実的で簡単な方法です。世界中のサンゴ礁にとっても朗報でしょう」
また、ウィルソン氏は、気候変動に対する不安や絶望と闘う上でも、市民科学は有効な武器だと考えている。
「私たちは、現代の深刻な問題である気候変動に向き合う機会を人々に提供しています。行動こそ、破滅的な危機への対抗手段です」
ボランティアが海藻むしりに協力
マグネティック島は、クイーンズランド州の港湾都市タウンズビルから約10キロ沖合にあり、島の半分以上が国立公園にあたる。20世紀に開発と汚染水排出が続いた結果、この地域の海水は、サンゴよりも丈夫な海藻に適した水質になった。
現在も、汚染と気候変動による海水温上昇が生態系に慢性的なストレスをもたらしているとスミス氏は言う。マグネティック島のサンゴ礁は、グレート・バリア・リーフで最も損傷が激しいグループに含まれている。
この地域のサンゴが衰弱するにつれ、以前はサンゴがあった海域に、サルガッサムがジャングルのように広がり、サンゴの再生と成長を阻んでいる。
「潜ってみると、まるで巨大な海藻の森のようです」とスミス氏は言う。
スミス氏によれば、海藻が密生する海域では、海を浮遊するサンゴの幼生はすみかにたどり着くことができない恐れがあるという。なんとか着生できても、海藻にさえぎられて光が届かず十分に成長できなかったり、サルガッサムに含まれる化学物質や病原体が悪影響をもたらしたりすることもある。
海藻の除去がサンゴ礁に有意な違いをもたらすかどうかを検証するため、スミス氏のチームは、面積25平方メートルの実験区を12区画設け、海藻の除去を行った。ボランティアのダイバーたちは、平均して区画あたり重さ86キロ超の海藻を除去した。これは、実験区画に繁殖する大型藻類の90%以上にあたる。
「とてもシンプルな作業です。庭の草むしりとまったく同じで、海藻をつかんで抜くだけですから」とスミス氏は話す。この実験では、ボランティアが作業に熱中してサンゴを損傷しないように、専門家が除去作業を監督した。
このプロジェクトは2018年に開始されたが、当初は研究者たちも、海藻の除去がサンゴ礁に有益なのか、あるいは除去が逆効果をもたらすのではないかと不安を抱いていた。
しかし、今では「このサンゴ礁では、とても良い結果が出ています」とスミス氏は言う。新しいサンゴが増え続けていることを示す未発表のデータもあるそうだ。
アースウォッチ・インスティチュートのウィルソン氏によれば、ボランティアの人々も、タウンズビル近辺やオーストラリアの他の衰弱したサンゴ礁を救いたい、と意気込んでいるという。
「海藻を取り除くには、やる気のある人がたくさん必要です。数週間に及ぶ作業になります」とウィルソン氏は説明する。「それでも、グレート・バリア・リーフの回復は多くの人の願いですから、ボランティアが集まってくれます」
炭素排出を減らすまでの時間稼ぎ
グレート・バリア・リーフでもサンゴの白化現象が発生しているが、カリブ海や米フロリダ州沖のサンゴ礁と比べれば、まだ健全な状態を維持している。
フロリダ州にあるモート海洋研究所・水族館のサンゴ礁生態学者、ジェーソン・スパダロ氏は、「フロリダのサンゴ礁は、グレート・バリア・リーフの将来の姿と言ってもいいと思います」と話す。氏は今回の研究には参加していない。
「カリブ海の多くの海域では、サンゴが減り、カイメンが増え、藻類が大量に繁殖しています。かつての姿はほとんど残っていません」
カリブ海やフロリダ州のサンゴ礁は、広範囲にわたって壊滅的な状況に陥っているため、手作業による海藻の除去は費用面でも非現実的だ、とスパドロ氏は言う。スパドロ氏らも藻類除去の効果を調査する同様の研究を行ったが、その結果、ウニ、カニ、魚など海藻を食べる動物を導入しない限り、衰弱したサンゴ礁では、藻類がすぐに再生してしまうことがわかった。
また、オーストラリアで研究対象となったサルガッサムはつかみやすいので、手作業で抜くことができるが、別のタイプの海藻が過剰繁殖した場合、除去はもっと難しくなる。
米領バージン諸島、ジャマイカ、ホンジュラス周辺のカリブ海のサンゴ礁の一部では、大型藻類がカーペットのように、衰弱したサンゴにべったり張りついている。「この海藻を除去するには、どうしてもサンゴを削らなければなりません」と、英オックスフォード大学のサンゴ礁研究者、ブライアン・ウィルソン氏は話す。ウィルソン氏もスミス氏の研究には参加していない。
ウィルソン氏は、スミス氏のチームの研究でサンゴの幼生が増加した点には関心を寄せているが、サンゴ礁の死滅をもたらす最大の脅威は、人間がもたらした気候変動だと釘を刺す。「人類が招いた大混乱を地球規模で減少させることが、気候変動に大きな変化をもたらす唯一の道です」
スミス氏も、世界のサンゴ礁の厳しい現実を認識しており、「気候変動と各地の浚渫(しゅんせつ)工事による被害が続く限り、サンゴ礁を産業革命前の状態に回復させる方法はないと懸念しています」と言う。「サンゴ礁の修復は、どちらかというと炭素排出に対する大規模な措置までの時間稼ぎですが、貴重なサンゴ礁のために地域で実行できる対策なのです」
文=SARAH GIBBENS/訳=稲永浩子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年3月19日公開)
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