土井善晴、一汁一菜への道 半生たどる新書刊行

料理研究家の土井善晴は、家庭料理はご飯とおかずも兼ねる具だくさんの味噌汁があれば十分とする「一汁一菜」を提唱し、毎日の献立にプレッシャーを感じる人々の背中を押してきた。新刊「一汁一菜でよいと至るまで」(新潮新書)では、料理と向き合ってきた足跡を振り返った。
テレビ番組「きょうの料理」(NHK)の放送開始と同じ1957年、同番組にも出演した家庭料理の第一人者・土井勝の次男として生まれた。自身の半生を書くことには恥ずかしさがあった。しかし「高度経済成長期から食文化が大きく変化した時代に居合わせた。そのまま日本の食文化史を語ることになるのでは」と思い、筆を執った。
収録中の父の背中を見て育った幼少期から、スイスやフランスのレストラン、ついで日本料理の名店「味吉兆」での修業、料理学校での指導者時代と、時系列に沿ってつづる。プロの料理人として最前線に立った日々を「今ならパワハラの厳しい世界でも私には面白かった」と懐かしむ。
外食が一般化した現代は、テレビやネットを通じて様々な料理の情報がごちゃ混ぜに飛び交う。その中で土井は「家庭とプロの料理は区別して考えるべきだ」と訴える。
例えば「仕事で遅くなった母親がそれでもバタバタと作ってくれた味噌汁には、おいしさ以上の意味がある」。台所からいい匂いが漂ってくれば、何を作っているのか子どもは予想し、逆に嫌な臭いなら何か失敗があったのかと考える。日常の違いに気づく感性と、経験に基づき認識する悟性を育む場としての家庭料理の重要性を強調する。
自身初の新書出版には、そうした意義を「男性にこそ知ってほしい」との狙いがある。「食事は心と体を休める特別な時間。そこで誰かが嫌な思いをするのはもうやめておこう」。家庭でもついプロのような味ばかり求めてしまいがちな私たちへの示唆に満ちている。
(棗田将吾)