円谷英二の右腕、井上泰幸の回顧展 特撮美術に焦点

「ゴジラ」(1954年)、「日本沈没」(73年)など国際的にも高い評価を受ける特撮作品の数々を支えた特撮美術監督、井上泰幸(22~2012年)の生誕100年を記念した回顧展「井上泰幸展」が東京都現代美術館(東京・江東)で開催されている。円谷英二の右腕として活躍した井上の活動を、スケッチやデザイン画をはじめとする資料など約500点を通じて振り返る。
福岡に生まれた井上は、海軍に召集され、第2次世界大戦の戦闘で左足を失った。傷痍軍人福岡職業補導所でドイツの家具作りを勉強した後、日本大学芸術学部に入学。建築家・山脇巌に師事し、デザインや設計を学んだ。その後偶然携わることになった新東宝の撮影所で美術スタッフとしての道を歩み始める。
ミニチュアセットにその場所の空気感まで取り込むことを意識していたという井上は、「常ならぬ執念で詳細なロケハンを行い、現実に迫るリアリティーを出現させた」(森山朋絵学芸員)。ロケハン時には写真を撮るだけでなく詳細なスケッチを描き、画面を想定した絵コンテも独自に描く。本来作る必要のない部分まで全方位的に作り込むのは監督が心おきなく撮影できるようにするためだ。
自由な発想も円谷の評価を受けた。「日本誕生」(1959年)の終盤の火山噴火シーンでは、水を張った水槽に絵の具の色水を流し込み、水中に広がる様子を撮影。それを上下反転させ、立ち上る噴煙に見立てた。「空の大怪獣ラドン」(56年)では火山から流れるマグマを溶かした鉄を流して再現。「ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐」(60年)の海戦シーンの撮影では東宝撮影所に大プールを設計し、2004年まで多くの撮影に使用された。

井上の弟子で特撮美術監督の三池敏夫氏は、井上を「こだわりの人」だと話す。「怪獣映画でも戦争映画でも手抜きなし。撮影が始まるときまで、時間がある限りは終わりがない」。「空の大怪獣ラドン」で知られる西鉄福岡駅周辺のミニチュアセットはとりわけ緻密で、半年かけて三池氏が再現した大型セットが本展でも展示される。「当時まだ助手ながらも、ここまで徹底的にこだわって作り上げた。井上の象徴としてふさわしい」と思いを語る。会期は6月19日まで。
(河井萌)