新幹線の駅進入速度アップ 停止までの時間短縮の理由
鉄道の達人 鉄道ジャーナリスト 梅原淳

東京駅や新大阪駅、博多駅など、新幹線の拠点となる駅では各方面に向けて多数の列車が忙しく発着する。フル規格の新幹線の列車が駅に到着する際、ホーム先端でのスピードは東海道、山陽、九州の各新幹線では時速70キロメートル、東北、上越、北陸、北海道の各新幹線では時速75キロメートルだ。
この速度でホームに進入した列車が停止のためのブレーキをかける場所は連結された車両の数などによって異なる。長さ400メートルの東海道・山陽新幹線の列車の場合、わかりやすいようにホームの長さも400メートルとすると、ホームに進入してから約50メートル進んだあたりだと考えられる。つまり、所定の停止位置から350メートル手前でブレーキがかかり、決められた場所にほぼピタリと停車する。
駅への進入速度は…
ところが、1990年代までの新幹線では列車が駅に進入する速度はいまほど速くはなかった。やはり列車の長さが400メートルの東海道・山陽新幹線を例に説明しよう。

当時はホームの先端にさしかかった段階でのスピードが時速65キロメートルほどだった。すでに時速70キロメートルからブレーキをかけた状態で列車はホームに進入していたのだ。しかも、長さ約400メートルのホームを170メートルほど走って速度がいったん時速30キロメートルに落ちるとブレーキをいったん緩め、しばらくはこの速度でゆっくり走る。このまま130メートルほど走って所定の停止位置の100メートル手前となったらもう一度ブレーキをかけ、決められた位置に止まっていたようだ。

個人的な話で恐縮ながら、筆者がまだ幼い75年(昭和50年)ごろ、祖父とともに山陽新幹線の広島駅から列車に乗ろうとホームで待っていたら、列車の姿が見えたにもかかわらず、いつまでたっても近づいてこないように感じた。せっかちな祖父が列車の方に向かってホームを歩いていき、列車がようやく近づいてきたのに合わせて筆者が待っている場所に小走りで戻ってきたのをいまもよく覚えている。
新幹線の列車が停止する様子は64年(昭和39年)10月1日の東海道新幹線の開業以来、長い間いま挙げたとおりだった。けれども、列車が止まるまでにあまりに時間がかかるとして、80年代終わりには改善策が検討されるようになる。
停車までの時間短縮 こんな工夫が
停止までの時間を短縮する方法として考え出されたのは時速70キロメートルで走行する距離をのばすことだった。「止まれなくなるのでは」という心配は無用だ。当時もいまも、新幹線の車両が停車しようとした場合、1秒間に速度を2.8キロメートル落とすことができる。時速70キロメートルから時速0キロメートルへと速度が落ちるまでに要する距離を国鉄時代の公式にあてはめて計算すると、282メートルになった。したがって、長さ400メートルのホームに停車しようとすれば、282メートル手前、きりのよい数字に切り上げたうえで50メートル余裕を持たせるとして、350メートル手前でブレーキをかければよい。
まとめてみると、かつての新幹線の列車では今日と比べて時速30キロメートルで130メートル走行する時間が余分だったと考えられる。時速30キロメートルは秒速8.33メートルで、130メートルをこの速度で走るのに要する時間は16秒だ。
スピードアップ 駅にとっても欠かせない理由
このスピードアップを列車側からだけでなく、駅側からも見ていこう。東海道新幹線の起点となる東京駅には新大阪方面から「のぞみ」「ひかり」「こだま」が1日に180本前後到着していた(2019年度)。1本当たり16秒到着が早まったと仮定すれば、短縮分の合計は2880秒、48分ほどになる。
東京駅にはホームが3面あり、ホームの両面に敷かれた線路は6本ある。東京駅で出発を待つ列車が好き勝手に出ていくことはできない。なぜなら東京駅に到着する列車とポイントを共用しており、到着する列車が線路を空けてくれないと出発できないからだ。
ホームに停車する時間を短縮した真の理由はもうおわかりであろう。ポイントを通って駅に到着する列車が他の列車をふさぐ時間を極力短縮し、列車の運転間隔を詰めることで列車の本数を増やそうとしたのだ。

JR東海では駅に停止するまでの時間を縮める工事を92年(平成4年)3月14日までに終わらせた結果、それまで1時間に「ひかり」7本、「こだま」4本が運転されていたところ、「ひかり」は1本増の8本、「こだま」が1本減の3本で運転できるようになった。なお、この日から「のぞみ」が走り出したが、列車の本数の少ない早朝、夜間だけに設定されていたので、問題は少なかった。
「ひかり」と「こだま」との内訳が異なっても、1時間当たりの列車合計本数が同じなのだから別にどうということはないように思われるかもしれない。しかしそうではない。通過主体の列車が増えると、どうしても各駅停車の「こだま」との運転間隔を縮めざるを得ない。短縮するだけならば簡単だが、先行する「こだま」が待避となる駅に停車するまでの時間が長いと、後続の「ひかり」はその分なかなか追い抜けなくなる。そうなると、「ひかり」の所要時間も延び、増発した意味が薄れてしまう。
2000年代に入り、東海道新幹線では列車の増発に次ぐ増発で、最も多くの列車が走る時間帯では1時間に「のぞみ」10本、「ひかり」2本、「こだま」3本の計15本が運転されるようになる。20年(令和2年)3月14日には「のぞみ」2本増の12本、「ひかり」2本、「こだま」3本の計17本とさらに増強された。
すべての列車が到着後に折り返す東京駅では折り返し時間を短縮するため、駅に停車するまでの時間を削る必要が生じる。ホームに時速70キロメートルで進入した列車がブレーキをかける位置を40メートル先に動かし、5秒程度短縮したのだという。具体的に停止位置の何メートル手前でブレーキをかけているのかまではJR東海が明らかにしていないが、東京駅で筆者が見たところ、350マイナス40=310メートル手前くらいではないかと考える。
東京駅での折り返し 所要時間が短縮
ちなみに東京駅での営業列車から営業列車への最も短い折り返し時間は20年3月13日まで16分だった。ブレーキをかける位置の変更や清掃業務の効率化などにより、翌20年3月14日からは15分とさらに短くなっている。
もしも運転士がブレーキ操作を誤ったとしても、自動列車制御装置(ATC、Automatic Train Control device)が即座に停止させてしまう(ただ即座の停止はショックが大きいこともあり、よりスムーズな停止操作アシスト機能もある)。さらに停止までの時間を縮めようと思えば、ブレーキをかける位置をもっと遅くできるかもしれない。ただし、運転士の操作ではなく、定位置停止装置(TASC、Train Automatic Stop-position Controller)で自動的にブレーキをかけるシステムの導入が必須となるだろう。
新幹線運転研究会編著「詳解新幹線」 日本鉄道運転協会、1975年
「新幹線の30年 その成長の軌跡」 東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部、1995年

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