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卵子凍結、知っておきたいこと 米国で利用者急増

ナショナルジオグラフィック

卵子凍結は1980年代から行われていたが、長らく実験的な処置だとみなされ、反対意見も多かった。しかし、2012年に米生殖医学会(ASRM)が、がん治療によって妊娠する能力を損なうおそれのある女性を対象に卵子凍結を認めると、状況が変わり始めた。その2年後、卵子凍結の安全性と有効性を示す研究結果が発表されると、ASRMは卵子凍結をより広く認めるようになった。

卵子凍結の意義は、「卵子の老化をその時点で止め、卵子を使いたいと思う時期まで妊娠できる能力を維持できる点にあります」と、米エール大学の生殖内分泌学者で産婦人科医のサンドラ・アン・カーソン氏は説明する。

現在、卵子凍結は主に2つの理由で行われる。1つは、化学療法や放射線療法などで卵子を損傷するおそれがある場合や、手術で卵巣を摘出する場合などの医学的な理由で行う「医学的卵子凍結」。もう1つは、今はまだ子どもを産みたくないが、将来的に自分の卵子で子どもを産む可能性を残すために行う「社会的(選択的)卵子凍結」だ。

2021年9月にASRMの学会誌「Fertility and Sterility」に発表された論文によると、2019年から2021年にかけて、米国では社会的卵子凍結が39%増加したという。2022年6月に姉妹誌「Fertility and Sterility Reports」に発表された別の論文は、卵子凍結を容認する姿勢がコロナ禍でさらに広がり、21〜45歳の多くの女性が卵子凍結を検討することに前向きになったとしている。最近では、有名人がSNS上で体験談を報告するなど、卵子凍結は米国で文化的な話題の1つになっている。

米産婦人科学会によれば、女性が妊娠する能力は10代後半から20代後半までがピークで、30歳になると低下が始まり、35歳を過ぎるとそのペースは加速するという。そのため、卵子凍結は34歳までに行うことが望ましいと助言する専門家もいる。

卵子凍結の手順

女性が卵子凍結を決意したら、最初に経膣超音波検査を受けて卵子の供給状態を評価し、血液検査でホルモン値を調べる。

卵子は卵巣の中に蓄えられていて、適切なホルモンの刺激を受けてはじめて排卵される。そこで医師は血液サンプルを採取して、3種類のホルモンの値を調べる。1つめは卵胞(卵子とそれを取り囲む細胞による構造)の成熟を促す「卵胞刺激ホルモン(FSH)」、2つめは卵巣の機能と卵子の質を反映している「エストラジオール」、3つめは卵巣内に残っている卵子の数の指標となる「抗ミュラー管ホルモン(AMH)」だ。

これらのホルモン値から、医師は女性の妊娠可能性を計算し、卵巣を刺激するためのホルモン剤の適切な投与量を決定する。

投与量が決まったら、いよいよ採卵に向けた注射が始まる。月経の2日目から10〜12日間、女性は毎日ホルモン剤を自己注射し、卵巣の中で卵子を成熟させる。その間、ホルモン剤に対する反応を観察するため、2〜3日おきに経膣超音波検査と血液検査を受ける。通常は8〜14日後に、卵子の成熟を完了させるために、「ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)」の「トリガー注射」をする。

その約36時間後、女性は麻酔下で手術を受ける。超音波ガイド下で採卵針を膣から卵巣に刺し、卵子を(理想的には10個以上)吸引する。採取した卵子は、周囲を包んでいるふわふわした卵丘細胞を除去した後、マイナス196℃で瞬間凍結し、保管する。

卵子を採取するプロセスは苦痛がないわけではない。米ニューヨーク大学ランゴーン生殖センターの生殖内分泌学者で不妊治療フェローであるサラ・カスカンテ氏によれば、1カ月におよぶ採卵プロセスと採卵後の2週間を通じて、疲労感や膨満感、頭痛や気分の変化などに苦しめられることがある。

高額な費用

卵子凍結に関してさらに悩ましいのは、高額な費用だ。米ニューイングランド生殖センターの生殖内分泌学者で、不妊治療の専門家であるジョゼフ・ヒル氏は、「米国内のどこで受けるかによって、5000ドル(約67万円)から1万7000ドル(約230万円)まで幅があります」と言う。

多くの人は、卵子凍結の費用を全額自己負担で支払っているが、医療保険の中には卵子凍結をカバーするものもあると、全米の不妊治療クリニックのネットワーク「カインドボディー」の臨床開発担当上級部長である生殖内分泌学者のクリスティン・ベンディクソン氏は説明する。「こうした保険は、多くの若い女性が雇用主に期待するものです」

現在では、採卵した卵子の一部を、自分の卵子を使えない他の女性に提供すると、費用の援助を受けられるシェアリング・プログラムも存在する。

凍結した卵子を使いたいと思ったら、卵子を解凍して体外受精を行う。受精から3〜5日後、受精卵(胚)を子宮に戻して着床させる。例えば女性が34歳で卵子を凍結していれば、その後に年齢を重ねていても、34歳での体外受精と同程度の確率で妊娠できるとカスカンテ氏は言う。

しかし、凍結した卵子を使わない女性もいる。2022年1月に学術誌「Reproductive Biology and Endocrinology」に発表された総説論文によれば、凍結卵を使用した人の割合は、社会的卵子凍結を行った人では約40%、医学的卵子凍結では10%未満だった。「卵子凍結を行っても、自然に妊娠したり、子どもが欲しくなくなったりして、凍結卵を使わない人は多いのです」とカスカンテ氏は解説する。

卵子凍結をめぐる誤解

生殖に関する誤解は多いが、卵子凍結についても誤解している人が少なくない。

例えば、「卵子凍結は赤ちゃんを授かることを保証するものではなく、赤ちゃんを授かる"可能性"を保証するものだということを理解していない女性がいます」とヒル氏は言う。こうした女性は、卵子を凍結してから出産に至るまでにどれだけの段階があるかをわかっていないのかもしれない。

幸いなことに、採取した卵子を急速に凍結させ、細胞内に氷の結晶ができるのを防ぐ「ガラス化保存法」という手法が開発されたことで、以前の手法に比べて凍結卵の生存率は高まったとヒル氏は補足する。だが、凍結卵を使えば確実に妊娠できるわけではない。

凍結卵を使うときが来たら、卵子を解凍し、受精させ、「胚盤胞」と呼ばれる段階まで細胞分裂を起こさせてから、子宮に戻さなければならない。一連のプロセスのどの段階でも問題が発生するおそれがあるため、専門家は、なるべく多くの卵子を凍結しておくように勧めている。米シカゴ大学の生殖内分泌学者で産婦人科医のアマンダ・アデレイェ氏は、「1人の赤ちゃんを誕生させるためには15〜20個の卵子を凍結する必要があります」と言う。

また、卵子を採取することで、自身の長期的な生殖能力に悪影響が及ぶのではないかと心配する女性もいるが、それは真実ではないと専門家は言う。「(卵子凍結は)その月に死ぬはずだった卵子を救っているだけです」とアデレイェ氏は説明する。卵子が死んでいくのは生物学的にプログラムされた細胞死によるものであり、人間の卵巣にはじめから備わっている機能だ。

卵子凍結に最適な年齢は34歳までだと考えられている。女性の卵子がより健康で、卵巣が刺激にも反応しやすい時期だからだ。しかし、卵子凍結ができる年齢の上限については、一致した見解はない。「その人の卵巣予備能(卵巣に残っている卵子の数や質)によって変わってくるからです」とアデレイェ氏は言う。「ただし、40代前半になると、染色体に異常のない卵子の割合が低下するため、卵子凍結の有効性は小さくなります」

卵子凍結を行う時期を決めるにあたって、子どもは何人欲しいのか、いつから妊娠を試みたいのかを考えることが重要だとベンディクソン氏は言う。「線引きは難しいですが、2人以上欲しいのであれば、30歳で凍結するのがよいでしょう」

2015年4月に学術誌「Fertility and Sterility」に発表された研究によると、34歳未満で卵子凍結を行った女性は74%以上の確率で赤ちゃんを産むことができたが、卵子凍結を行う年齢が高いほど、出産に至る確率は低くなるという。

カスカンテ氏らが2022年5月に「Fertility and Sterility」に発表した論文では、社会的卵子凍結を行った女性が出産に至った割合は39%で、そのうち38歳未満で卵子凍結を行った女性が半分を超えていたと報告されている。

「卵子凍結は、妊娠できる能力を維持したまま出産を延期する選択肢を女性に与える技術です」とカスカンテ氏は言う。「自分自身が未来の自分の卵子ドナーになることを可能にしてくれるのです」

文=STACEY COLINO/写真=MATILDA HAY/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2023年2月25日公開)

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