ジェンダー格差、ITで変える「女性もテックリーダーに」
国際女性デー特集

国連は今年の国際女性デーのテーマとしてデジタル技術による男女の経済的・社会的不平等の是正を掲げた。日本はとりわけSTEM(科学、技術、工学、数学)分野での女性活躍が遅れている。そんな状況を教育や研究、ビジネスから覆そうとする新しいリーダーも現れ始めた。
女子学生のプログラミング教育支援 NPO法人Waffle共同創業者 斎藤明日美さん

女子学生にプログラミングを教え、IT(情報技術)業界の男女間格差(ジェンダーギャップ)の解消を目指すNPO法人Waffle。共同創業者の斎藤明日美さん(32)は「女子中高生や女子大学生が気兼ねせずに、ITを学べる『温室』にしたい」と話す。
「一緒にやろう。イベント手伝うよ」。共同創業者の田中沙弥果さん(31)とは2019年に知り合った。田中さんは前身となる教育系NPOで女子中高生向けのプログラミングイベントを手掛けていた。IT業界のジェンダーギャップを議論する中、「小学校の時は男女関係なくプログラミングを学んでも、中高で女子が抜け落ちる」という問題を聞いた。女子中高生向けの教育は聞いたことがなく、女性がITを学べる環境づくりが必要だと意気投合した。
20年からウェブサイト開発のスキルを学ぶ女子中高生向けのコースを始めた。22年からは文系の大学生・大学院生向けの研修も行う。約1年でエンジニアへの第一歩として技術職のインターンに参加できるレベルをめざす。累計で世界100カ国以上が参加する女子中高生向けアプリ開発コンテストの日本側の運営も手掛ける。
斎藤さんは米アリゾナ大学大学院で農業経済を修了した。留学中、トランプ前大統領に対する女性の権利尊重を訴えるデモを目の当たりにした。何十万人もの人がピンク色の帽子をかぶり、声を上げる姿が印象的だった。「『社会ってこんなもの』という諦めを、誰かが立ち上がって変えなきゃいけないんだ」
IT企業でデータサイエンティストとして働いた際は、女性技術者の少なさに違和感を持った。女性がいなければ製品やソフトに多様な視点が取り入れられない。そんな問題意識が今につながっている。
日本は世界に比べ、理工系の進路や仕事を選ぶ女性が少ない。「より多くの学生にITの楽しさを伝え、女性のテックリーダーを育てたい」。日本社会が取り組むべき課題でもある。
施設のトイレに生理用品、アプリで場所検索 Omotete CEO 高堰うららさん

「生理など女性の悩みを社会全体で解決したい」。東京大学大学院の博士課程に在籍する高堰(たかせき)うららさん(25)は、百貨店や駅などのトイレに生理用品の入ったボックス型装置を設置する事業を手掛ける。2021年に「Omotete(オモテテ)」を設立して以来、丸井グループやJR東日本などと実証実験を進めてきた。
利用者は専用のアプリで設置場所を調べ、トイレ内で画面を操作することにより、ボックスから無料で生理用品を取り出すことができる。
これまでもトイレ内に生理用品の自販機や配布ボックスなどを置く施設はあった。だが女性に聞き取りをすると、在庫管理が徹底されず、必要な時に使えない、という声が多かった。不特定多数の人が触れた可能性があるものを使用することに抵抗を覚える人もいた。
オモテテの装置は、アプリ操作によりボックスから自動で1つ、生理用品が出てくる仕組みだ。また在庫の状況を施設やオモテテが遠隔で確認できる。「この仕組みが広がれば、急な生理を心配せずもっと気軽に外出できるようになるはず」と高堰さんは話す。
東大大学院ではICT(情報通信技術)を活用して利便性を高めたスマートシティーやモビリティーなど、都市計画を研究している。「この分野で起業するなら、利用者がアプリを入れるニーズを感じるサービスだ」と考えていたという。
設置する施設にとっても、女性が生理用品を入手するついでに買い物をすれば売り上げ増につながる。大学と連携すれば金銭的な余裕がない学生にも生理用品を届けられる。「企業や自治体、大学を巻き込むことで、より幅広い層の役に立てる」。それにより「生理のケアは自己責任」とされてきた風潮を変えられる、と考えている。
東大の大学院には都市計画を研究する女性の教授職はおらず、女性研究者は少数派だ。「人間の半分は女性。生理に限らず女性の不都合を学問の力で可視化することができれば」と力を込める。
ビッグデータ使い、健康アドバイス Flora CEO アンナ・クレシェンコさん

データを使って女性の健康問題に挑むのは、ウクライナ出身の在日起業家アンナ・クレシェンコさん(26)だ。2020年に「Flora(フローラ)」を設立し、最高経営責任者(CEO)を務めている。祖国の戦禍に終わりが見えぬなか、日本で女性の健康促進アプリの提供に奮闘する。
幼少期から空手を始め、欧州の大会では上位の常連だった。空手を通して縁を感じ、17年に来日した。外交官を目指して京都大学で法学を学んでいたが、いとこが妊娠中にうつ病を発症して子供を亡くしてしまう。「大きな衝撃だった」。この経験から女性のメンタルケアに注目するようになる。
「自分の体を理解せず、病気になっていることさえ分からない女性が多い」。こうした問題意識から立ち上げたのがフローラだ。提供するアプリは女性の健康に関するビッグデータを用いる点が特徴で、月経管理や妊活サポートなど一人ひとりに合ったサービスを提供する。
アプリに体調や気分を入力することで、生理痛への対処法やメンタルケア方法など、人工知能(AI)によって個人向けに最適化された健康アドバイスを受け取ることができる。体温・月経周期の記録にも役立つ。利用者は6万人に達し、22年に京都府主催の「京都女性起業家賞」で最優秀賞を受賞した。
日本ではまだダイバーシティーの推進は道半ばだ。だからこそ「女性が健康状態に縛られず自然に活躍する社会を後押ししたい」と語る。データの蓄積を進め、今後は不妊や更年期障害、疾患の起こりやすさも予測できるようにする計画だ。ビジネスを通して、女性の外国人起業家のロールモデルになりたいとも考えている。
ウクライナ南部オデッサに残した母とは日々言葉を交わす。1年を迎えたロシアの侵攻を嘆きつつも、遠く離れた日本で経営を続ける。「一つの国で一生を終えたくないと思った。日本で目標を達成したら、他の国でも活躍したい」と意気込む。
STEM目指す女性 日本は最下位

「親や教員から後ろ向きなことを言われ諦めるケースも多い」と、日本STEM教育学会(東京・新宿)の新井健一会長は指摘する。「女性は理系に向いていない」というバイアスは根強い。身近にロールモデルがおらず、キャリアが描きにくいという面もある。
「女性の視点で社会課題を解決するような課外活動やワークショップを増やし、女性が自然に理系分野に触れる機会を増やすことが大切だ」と、新井会長は話す。
広沢まゆみ、植田寛之、武藤珠代が担当しました。
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