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花粉症は温暖化でより過酷に 米研究、21世紀末に4割増

ナショナル ジオグラフィック

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春の訪れとともに、花粉症に悩まされている人が増えているのではないだろうか。そして今、地球温暖化の影響で、アレルギーの季節はさらに深刻化しようとしている。

3月15日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された研究によれば、米国で飛散する花粉の量は、気候変動により2100年には40%まで増えるおそれがあるという結果が導き出された。飛散は最大で40日早く始まり、19日長く続くという。

過去の傾向を調べた既存の研究によれば、北米では30年前と比べて、花粉の飛散がすでに平均20日早く始まり、8日長く続いており、空気中に放出される花粉の量は20%増えている。

地球温暖化によって植物の生育期が長くなり、その結果、アレルギーによる健康リスクが高まろうとしている。その要因を深く理解することは急務となっている。干ばつや暑さで森林や草原が減ったとしても、アレルギーの原因となる花粉を生成する草木のなかには、気温や二酸化炭素濃度の上昇によって大きく成長し、より多くの葉を付けるものもある。

「花粉は公衆衛生に多大な影響を与えます」と、論文の最終著者である米ミシガン大学の大気科学者アリソン・スタイナー氏は語る。「多くの人が季節性のアレルギーに悩まされていますが、花粉の予測モデルはあまり精度が高くありません」

二酸化炭素や植物分布の影響も加味

スタイナー氏のチームはこのギャップを埋めるため、アレルギーを引き起こす最も一般的な15の植物(種あるいは分類群)を対象に、気温や降水量などの要素に応じて花粉の飛散を予測するモデルを開発した。

「私たちのシミュレーションでは、花粉の飛散を1日単位で見ています」とスタイナー氏は説明する。「また、その経過も見ることができます。花粉の飛散は米国南東部から始まり、気温の上昇とともに、花粉前線が北上していきます」

このモデルは二酸化炭素濃度の上昇や、植物分布の経年変化も考慮に入れられる。例えば、草木の分布拡大によって、ブタクサが犠牲になる可能性もある。ブタクサは主要なアレルゲンだが、このモデルのシナリオでは、米国東部で最大80%減少すると予測されている。

花粉を生成する植物の多くが繁栄する一方で、カバノキをはじめとする一部の木は、二酸化炭素が多い環境に適さない。スタイナー氏らのモデルではこうした影響も捉えている。

スタイナー氏らはこのモデルを用い、過去(1995〜2014年)と2つの気候シナリオ(2081〜2100年)を対象に、米国の大陸部で飛散する花粉の量を比較した。2つの気候シナリオとは、温室効果ガスの排出量がある程度まで抑制された「中間的なシナリオ」と化石燃料主導の「奇妙なシナリオ」で、それぞれの気温上昇は2〜3℃と4〜6℃だ。特に後者の奇妙なシナリオでは、気温や降水量とは別に、濃度が高くなった二酸化炭素が花粉の量を2倍まで増やす可能性があると予測された。

しかし、より重要なのは、穏やかな前者のシナリオの未来だろう。米ユタ大学の准教授ウィリアム・アンデレッグ氏はこのように指摘する。

「簡単に言えば、排出量が多いシナリオに比べて、花粉の影響は半分です。つまり、気候変動に取り組むことが私たちの呼吸器の健康にどれほど重大な利益をもたらすかを、この研究結果は強調しているのです」。アンデレッグ氏は気候変動が森林生態系に及ぼす影響を調べており、今回の研究には参加していない。

生産性と成績が低下、明らかな悪影響

今回の研究は、アレルギー専門医のジョン・ジェームズ氏がじかに見てきたことと一致している。25年前、ジェームズ氏が米コロラド州に引っ越してきたとき、アレルギーの季節は3月と4月にほぼ限られていた。しかし、そのパターンは変化している。「早い時期から患者が来院し、『なぜこれほど長く症状が続くのか? いつ解放されるのだろう』と嘆くようになりました」。ジェームズ氏は米国喘息アレルギー財団の顧問を務めている。

花粉の季節が過酷になり、世界規模で公衆衛生の脅威になっていることは、複数の研究で証明されている。例えば、アレルギーを持つ生徒は、そうでない子どもより学校の成績が悪い。また、花粉症になると、大人の生産性も低下する。さらに、花粉の飛散量が多い日は、喘息による救急外来の受診が増加し、個人と医療システム両方の負担になると指摘されている。

世界保健機関(WHO)は、少なくとも1つのアレルギー疾患を持つ人が2025年までに世界人口の半数に達すると推定している。現時点で何らかのアレルギーを持っている人は成人の10〜30%、小児の最大40%だ。花粉の飛散量の増加だけでなく、汚染物質が花粉と化学反応することも原因となる。

汚染物質が花粉の細胞壁を破壊し、「比較的大きな花粉の粒を1ミクロン足らずの粒子に分解します。それが肺の奥まで入り込むと、患者にとってはより危険です」とフランス、モンペリエ大学の環境疫学者イザベラ・アネシ・マエサノ氏は説明する。

汚染物質が花粉を変化させ、アレルギー反応を起こしやすくする可能性もある。大気中の二酸化炭素が増加すると、アレルギーを誘発する花粉のタンパク質も増加し、アレルギー反応の身体症状を引き起こす抗体の生成を促すことが実験によって証明されている。

予測にはデータが必要

スタイナー氏は今回の研究について、「花粉が今後どのように変化するかを理解し、人々が健康への影響に備えられるよう、より良いツールを開発する第一歩になる」と位置づけている。ただし、課題と作業はまだ残っている。その一つがデータ不足だ。米国には花粉観測所が100足らずしかない。また、花粉の追跡も手間がかかり、訓練を受けた人が花粉の粒を識別し、数える必要がある。

「ほぼすべての大気汚染物質と比べて、花粉の計測や追跡ははるかに不足しています。しかし、花粉の長期的な傾向をつかむには、データが必要です」とアンデレッグ氏は説明する。

解決策は近い将来に現れるかもしれない。いくつかの企業が計測を自動化するためのAI技術を開発し、効率化を図っているのだ。さらに、今回の研究の成果として、米国内の多くの地域で一般的になっている大気汚染予報のように、花粉飛散量の週間予報が実現する可能性がある。

もしそうなれば、「地域ごとに花粉の変化への対応能力を高め、人々の健康への害を最小限に抑える」ことができるとアンデレッグ氏は述べている。

文=CONNIE CHANG/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年3月17日公開)

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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