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ロシアが人工衛星破壊 なぜ「無謀で危険な行為」なのか

ナショナル ジオグラフィック

11月15日、国際宇宙ステーションに滞在していた7人の宇宙飛行士たちのもとへ、予期せぬ指示が舞い込んだ。破壊的な衝突に備えて、停泊中の宇宙船に避難せよというものだ。宇宙ステーションは間もなく、人工衛星の破片が散乱する雲の中を通る予定で、宇宙ステーション内にいる人間に深刻な脅威となる恐れがあるという。

そこで、前週に到着したばかりだったNASAの4人の宇宙飛行士はスペースX社の宇宙船クルードラゴンのカプセルに、ロシア人宇宙飛行士2人ともう1人のNASA宇宙飛行士はソユーズ宇宙船にそれぞれ避難し、2時間待機した。それからおよそ90分後、宇宙ステーションが再び破片の雲を通過したために、乗組員は同じことを繰り返した。おかげで、NASAはいくつかの計画していた活動をキャンセルしなければならなかった。

「着任早々とんだ騒ぎだ」。管制センターは、乗組員への状況説明の際、そう付け加えた。

米国務省はその後、破片の雲はロシアが衛星破壊ミサイル(ASAT)を使って自国の古い人工衛星を破壊したものであると発表した。これによって大量の宇宙ごみが発生し、宇宙ステーションや低軌道(高度2000キロ以下の軌道)にある他の人工衛星を危険にさらすことになった。

「彼らにその能力があることはわかっていましたが、まさか本当にやるとは」。ワシントンDCにあるシンクタンク「戦略国際問題研究所」の航空宇宙安全保障プロジェクト副部長のケイトリン・ジョンソン氏は、そう話す。破壊された人工衛星の軌道は、国際宇宙ステーションの軌道と交差しているため、自国ロシアの宇宙飛行士も含め、宇宙ステーションに滞在しているすべての人間が危険にさらされる。

ロシア国防省は声明で、実験を行ったことは認めたものの、宇宙ステーションへの脅威にはなっていないと主張した。「実験のタイミングや軌道のパラメーターから、破片が宇宙ステーションや宇宙船、宇宙活動に脅威とならなかったこと、そしてこの先も脅威にはならないことを、米国は百も承知のはずだ」

一体何が起こったのか

当初、破片の正体ははっきりせず、衛星破壊ミサイルが関わっているという状況証拠だけがあった。事前にロシアは、プレセツク宇宙基地の上空を飛ばないようにとの航空情報を出していたのだが、この基地は、衛星破壊ミサイルなどの発射場として知られている。

米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの天文学者であるジョナサン・マクドウェル氏によると、「この警告地帯は特別です。ヌードルと呼ばれるミサイルを実験するときにしか警告が出されない場所です」という。ヌードルは弾道弾迎撃ミサイルに似ているが、特に宇宙の物体を撃ち落とすように設計されている。

ミサイルが発射された日の午後には、既に機能停止したソビエト時代の偵察衛星「コスモス1408」をロシアが意図的に狙ったことを、米国は確認した。ミサイルは、重さ2.2トンの使用済み人工衛星を粉々に破壊し、その破片が軌道上に散らばった。

ロシアはこれまでもヌードルの実験を行ってきたが、軌道上にある実際の物体を破壊したのは今回が初めてだ。

米国務省のネッド・プライス報道官は記者会見で、今回の実験に関し「無謀」で「危険な行為」であると非難した。米統合宇宙軍も「ただただ無責任」と非難し、報道官は事故ではなかったと回答した。

どれだけの破片が出たのか

米国務省の発表によると、追跡可能な大きさの破片だけで1500個以上あり、それ以外にも数十万個の小さな破片が宇宙を漂っているという。

「現在、軌道には追跡されている物体が2万個あります。今回の爆破によって、その10%に相当する物体が新たに加わることになり、追跡する物体の数が大幅に増えてしまいます」とマクドウェル氏は説明する。

米国政府は10センチ以上の物体しか追跡していないが、同じく軌道上の物体を追跡しているスタートアップ企業「レオ・ラブス」は、直径1.8センチの物体まで追跡することができる。同社のデータはいち早く、ロシアがコスモス1408を狙っていたことを示唆していた。

レオ・ラブスの共同創立者エド・ルー氏は、「現在数を数えていますが、非常に多いです。あとどれくらいあるのか見当もつきません。とにかくたくさんあります」と話す。ルー氏は元NASAの宇宙飛行士で、206日以上宇宙に滞在した経験がある。

破片は今後どうなるのか

人工衛星が破壊されると、発生した破片の雲は元の人工衛星の軌道をそのまま移動し続ける。一部の破片はより高い軌道や低い軌道へと飛ばされ、全く別の軌道をたどるものもある。いずれにしても、時間がたつにつれて雲は広がっていく。

「かなりの衝撃を受けて破壊されましたから、破片の軌道は大きく変わるでしょう」と、ルー氏は言う。

これらを追跡し、軌道を推測するには、数日ないし数週間かかるだろう。最も大きな破片は、数年から数十年間軌道に残る可能性がある。小さな破片は恐らく1年以内に地球の大気圏へ再突入し、燃え尽きるはずだと、マクドウェル氏は言う。

「低軌道では、今後数年間は衝突事故の危険性が高まるでしょう」

破片はなぜ危険なのか

破片が危険な理由は複数ある。軌道上の物体は時速数万キロという超高速で移動しているため、ごく小さな破片でも衝突すればダメージは大きい。ゴルフボール大の物体が宇宙ステーションに衝突すれば、壊滅的な被害が出ると考えられる。機体に穴が開き、急減圧に陥り、中にいる人間の命に関わる。豆粒ほどの大きさでも、当たる場所によっては危険なこともある。

「宇宙飛行士に最も危険なのは、追跡されていない破片です。追跡されていないが機体に穴をあける可能性のある破片は、既に約25万個もあります。宇宙は広いから当たる確率は低いだろうとのんきに構えていていいのでしょうか。地球に隕石がぶつからないよう願うのと一緒で、宇宙は広いから、ほとんどの日は何も起こらないし、といっているだけです」と、ルー氏は訴える。

他の人工衛星への影響は

他の人工衛星にも危険は及ぶ。宇宙ごみが多ければ多いほど危険性は高まり、限度を超えれば低軌道は使い物にならなくなる。既にこの一帯は人工衛星でごった返しているが、米連邦通信委員会が承認すれば、今後数年間で新たに9万4000基の人工衛星が加わる可能性がある。

コスモス1408の軌道のすぐ上には、スペースX社によるインターネット接続サービス「スターリンク」の巨大人工衛星群の軌道がある。コスモスの破片の一部がここまで飛んでくれば、数千機ものスターリンク衛星のどれかに当たって故障させてしまう可能性は十分にある。

「ターゲットとなりうるスターリンクの衛星は数千機に上ります。そのうちわずかでも機能不全に陥れば、使い物にならない人工衛星が混雑した宇宙空間をただ浮遊することになってしまいます」。マクドウェル氏は、そうなれば「ケスラー症候群」と呼ばれる破壊的なシナリオを引き起こす恐れがあると警告する。

ケスラー症候群とは

1978年にNASAのドナルド・ケスラーが提唱したシナリオで、人工衛星の衝突が次の衝突を招いて連鎖反応を起こし、しまいには低軌道での活動ができなくなるというもの。軌道上にある物体同士がぶつかって破片が散らばると、その破片が別の物体にぶつかってさらに多くの破片ができる。それがさらに別の物体にぶつかるというように、破壊するものが何もなくなるまで衝突が繰り返されるという。

「私たちは既に、ケスラー症候群のリスクに直面しています。問題は、あとどれくらい時間が残されているかです」と、マクドウェル氏は言う。「典型的な環境問題と同じです。ある朝起きたら気温が突然50度になっていたとか、海が突然有毒になっていたというわけではなく、毎週少しずつ状況が悪くなっていきます。気付かないうちに自分たちが排出した汚物の中で溺れていくのです」

宇宙ごみがそこまで危険なら、なぜ実験を行ったのか

ロシアの真の目的はわからないが、米国や中国と同様ロシアも、これからは宇宙が新たな戦場になるととらえていることは明らかだ。米統合宇宙軍の報道官は、「ロシア軍の基本原則を見ると、現代の戦争における宇宙の重要性を認識し、米軍による軍事的影響力の抑止と未来の戦争で勝利するための手段として、対宇宙能力をつけようとしていることが示唆されています」と語っている。

とはいえ、今回の実験には多くの人が首をひねっている。

「正直言って、とても驚いています。ロシアがなぜこんな実験をしようと思ったのか、しかもなぜ低軌道を選んだのか。彼らは宇宙ごみの問題を十分認識し、以前からうるさく言ってきましたから」と、ジョンソン氏は言う。

人類の宇宙飛行能力を意図的に破壊するためにこのようなテクノロジーが使われるのではという懸念もあるが、そんなことをすればとんでもない結果を招くことになる。

「軍事面にしても国民の生活にしても、ロシアは米国と同じくらい宇宙に依存しています。世界にとって、もちろんロシアにとっても、極めて深刻な事態になりかねません」

文=NADIA DRAKE/訳=ルーバー荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2021年11月18日公開)

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